2022年度は海外渡航が可能な状態にはなったが、現地で感染した場合は帰国後の校務に想定外の支障が発生することを鑑み、大英図書館での調査は断念した。また、2020年度より開始したウィリアム・ブレイクとウィリアム・モリスの共生思想に影響を受けた日本人研究者、思想家についての研究が順調に進み始めたので、継続して調査と論文執筆を行った。研究成果を3本の論文にまとめて発表した。本報告書執筆時において1本は印刷中である。 「鶴見俊輔の「ネガティブ・ケイパビリティ」――ジョン・デューイ『経験としての芸術』の影響の可能性」で、英国ロマン派詩人ジョン・キーツの言葉として知られる「ネガティブ・ケイパビリティ」(negative capability)という概念が、鶴見俊輔の中でウィリアム・モリスのユートピア思想と結び付き、話し合いで物事を解決するための共同体の倫理感覚として形作られていたことを明らかにした。 「寿岳文章「卒業論文 ウイルヤム・ブレイクの『ジェルーサレム』研究」の背景――なぜブレイクを仏教の言葉で語ったのか」では、寿岳文章が関西学院に提出した卒業論文において、ブレイクの思想と仏教との類似を論じた背景を探った。ピエール・ベルジェをはじめとする欧米のブレイク研究が、ブレイクと「東洋」との関係に目を向けながらも、不充分な議論にとどまっていたことを踏まえて、寿岳が共生の観点から、ブレイクと仏教との対比研究を行ったことを結論として示した。 「大江健三郎「新しい人よ眼ざめよ」において再創造されるウィリアム・ブレイク」では、大江がブレイクの共生思想を創作に活用した過程を、短篇「新しい人よ眼ざめよ」に基づいて検証した。結果として、大江がブレイクの絵と詩行を操作して読者に提示していたことと、大江がブレイクの各種研究書を調査して創作に活用していたことを明らかにした。
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