研究課題/領域番号 |
19K00392
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
小口 一郎 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (70205368)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 観念連合論 / 身体 / 環境 / ロマン主義 / エコクリティシズム / 人新世 / David Hartley / William Wordsworth |
研究実績の概要 |
研究初年度である2019年度は、本研究の3つの局面のうち【A. 歴史的論証】と【C. エコクリティシズムからの解釈】を中心に実施した。 【A. 歴史的論証】においては、17世紀のThomas Hobbes、そして18世紀のDavid HartleyとMark Akensideを軸に観念連合論の物理・身体的側面を確認し、唯物論から医学言説までにかかわるこの思想的系譜が18世紀末から19世紀にかけて、生物学者のErasmus Darwinの理論形成を経由して、William Wordsworthの身体体験の現象学的解釈と記述、そしてそれに基づいた詩学や文学論に流れ込んでいることを論証した。 さらに、19世紀初頭までに至るこの歴史的経緯を基盤として、【C. エコクリティシズムからの解釈】の研究にも着手した。Wordsworthの手になる『湖水地方ガイドブック』をキーテクストに選定し、その中で彼の自然知覚と環境思想が観念連合論由来の物理・身体と心理を包摂する理論的な枠組みが産み出したものであったことを分析したうえで、18世紀由来の思想に特徴的に見られる形而上学的要素を、この『湖水地方ガイドブック』は超克しようとしていること、そして、物理的存在としての人間と人間精神が、「自然」との協働によって「環境」を創造し、「自然」と「人間」という二項対立を乗り越えていく思想的な萌芽が見られることを指摘した。 また、この新しい展開は、21世紀の地質学・気象学が探究しつつある「人新世」の概念を19世紀中期において先取りしたものであること、そして大西洋を渡ってアメリカ東海岸のHenry David Thoreauの革新的な環境意識を産み出す一要素ともなったことを考察し、2019年度の研究の総括とした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画では、本研究に設定した3局面:【A. 歴史的論証】、【B. 実証資料の翻訳】、【C. エコクリティシズムからの解釈】のうち、2019年度はAをおもに展開しながら、Bの準備を進める予定であった。 しかしながら、国内外にて多くのオーディエンスが参加する研究発表と講演の貴重な機会が得られたこと、これらの発表において、そして論文執筆においても、テーマ的な制約が課せられていたこと、Bを展開するためには、翻訳資料の底本の選定と収集が必ずしも順調に進まなかったことなどの理由により、研究の手順を調整し、すでに十分な資料的環境が整っているAの研究、そして主にテクストの理論的解釈により実施が可能であり、かつ国内外の学会から関連するテーマによる発表・報告の要請を受けていたCの研究を中心におこなうことに計画を変更した。 このように研究の手順を変更したとはいえ、当初計画で予定していた研究成果と遜色ない質と量の研究実績をあげられたことは確かであり、さらにBの研究の準備にも着手しつつあることから、本研究はおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画の変更により、2020年度および2021年度は、研究実施にあたって注意深いプランニングが必要となってくる。特に、翻訳資料の底本となるべきテクストの選定と収集が必ずしも容易でないことが判明してきている関係で、Bの研究についての慎重な判断を基軸にして、今後2年間の研究推進には下記のようなプロセスを構想している。 【A. 歴史的論証】においては、2019年度には考察しきれなかったEdmund Burkeの身体的美学論を研究のなかに含め、心理学理論におけるホイッグ的な政治意識の展開にも留意しながら、より十全な時代的な見通しが構築できるよう研究を進める。【B. 実証資料の翻訳】においては、中心的な翻訳テクストを、19世紀の自伝におき、その注釈および解題のなかに18世紀の関連文書を部分訳と概要の解説のかたちで入れることとする。この方針の利点は、柱となる文書が提示できることにより、観念連合の思想的な意義がより明確に判明すること、そして翻訳文書をうまく選択すれば商業的出版が可能となることである。翻訳は、もともと広範囲の普及を目指すものであることから、このような研究・公開方針も選択としてあり得ると考えている。 以上の研究手順を進めながら、最終的に【C. エコクリティシズムからの解釈】に研究の成果を集約させることになる。すでに2019年度は、イギリス思想、エコクリティシズム、アメリカ思想との3者の比較の観点から一定の成果を得た。2020年度、2021年度は、アメリカ19世紀のさらなる思想家、Noah WebsterやGeorge Perkinsにも考察範囲を広げ、より俯瞰的な研究のまとめあげをおこないたいと考えている。
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