本研究は、これまでトランスナショナルな「他者」に対する「不寛容」な態度を克服しながら自由と民主主義を成熟させてきたアメリカの歴史的歩みをふまえつつ、今日のアメリカの政治的環境で顕著になりつつある「不寛容」な言説が現代アメリカ文学の動向に与える影響について、人種、言語、ジェンダーなどの観点から究明していくことを広義の目的としてきた。パンデミックによる米国への渡航制限がポストパンデミックにあっても影響を及ぼしたこともあり、研究期間全体の研究の進捗は決して順風満帆とはいかなかったものの、アメリカにおける「他者」への根強い「不寛容さ」がパンデミックによってむしろ顕在化したことは、本研究の課題設定当初には想像もしていなかった本研究の意義を裏付けるものとなった。研究を進めていく上で、安全面等への配慮から、人種や民族の多様性に富む地域の中でも、特にカリフォルニア州における移民への寛容性について、カリフォルニア在住の研究者や作家などから情報を収集し、その情報から、特に21世紀に入ってから発表された「トランスナショナルな他者」への「寛容さ」に関連する文学作品を分析した。とりわけ日系アメリカ人作家のカレン・テイ・ヤマシタによる著作には、移民としての日系人の自己意識がカリフォルニアにおける多様性の中でどのように変化したか、また、他者を見つめる視点がどのように変化したかが表現されているかを考察した。また、アリシア・ギャスパー・デ・アルバの小説で、メキシコとの境域にある地域で起こった女性連続殺人について書いた小説からは、「不寛容」の背景には、家父長制、男性中心主義、異性愛中心主義と結びつく人間の「暴力」という問題が絡んでいるという結論に至った。
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