• 研究課題をさがす
  • 研究者をさがす
  • KAKENの使い方
  1. 課題ページに戻る

2020 年度 実施状況報告書

後期ヴィクトリア朝小説とジャーナリズムに見る労働者階級の子供像

研究課題

研究課題/領域番号 19K00397
研究機関大阪市立大学

研究代表者

田中 孝信  大阪市立大学, 大学院文学研究科, 教授 (20171770)

研究期間 (年度) 2019-04-01 – 2023-03-31
キーワードセツルメント / アシュビー / オクスフォード・ハウス / トインビー・ホール / 新しい男 / 同胞愛 / 労働者階級 / 子供
研究実績の概要

本年度は、労働者階級の子供に対する中流・上流階級の眼差しが帯びる意味を、セツルメント活動に探った。スラミングが流行していた時期にあって、オクスフォードやケンブリッジの卒業生はロンドンのスラムに移り住み、階級の壁を越えた男と男の同胞愛によって国家と共同体を再構築しようとした。彼らは、家父長を中心とした伝統的な家族形態や市場における個人的利益の追求といった、男性に従来求められてきた価値観を拒絶し、男同士の絆を優先したのである。その意味で〈新しい男〉と呼べる。
中でも、彼らが社会の再生のために着目したのが労働者階級の少年だった。文明化によって去勢されていない「粗暴な少年」が帯びる野蛮性こそが、国家にとって必要不可欠なエネルギーとして賞賛されたのだった。
しかし同時に、この活動に参加した男たちの中には、中流階級のリスペクタビリティの束縛からの解放を求めただけでなく、社会的に受け入れられなかった自らの性的欲求をそうした少年たちに、たとえプラトニックなものであったにせよ。向けた者もいた。セツルメント活動は、男性主体に関する新しい概念を試すのに相応しい場ともなったのである。両者の関係は文学作品にもしばしば取り上げられる。フォースターは『モーリス』(1913-14執筆)の中で、主人公が男性の恋人に捨てられた痛手から立ち直るのに、自らの同性愛嗜好を労働者階級の少年たちとの交流を通して発散する場面を描いている。ポルノ・ファンタジー『平原の諸都市の罪悪――メアリアンの告白』(1881)は、同胞愛が同性愛と表裏一体となる危険性を、慈善家の犠牲となる靴磨きの少年の姿に描き出している。19世紀末、多くのエリート男性が階級対立を癒そうとしてスラムに赴いたのは確かだが、同時に彼らはそこに暮らす少年たちに「癒し」をも求めたのだ。そこには、利他的犠牲心に潜む利己心が垣間見られる。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

4: 遅れている

理由

所属機関と大阪府立大学との統合による令和4年度開学の大阪公立大学関連の校務とコロナの感染拡大に伴うオンライン授業への切り替えのため多大の時間と労力をとられ、当初予定していた「ペニー・フィクション」の分析を行うことができなかった。
その代わりに今年度は、オクスフォード大学やケンブリッジ大学出身の若い男性による、ロンドンのスラムにおけるセツルメント活動と彼らの救済の対象となった労働者階級の少年たちとの関係に焦点を当てた。エリート男性たちは、大学における男性だけの世界を、少年たちとの間に上下関係に基づいて再構築したのである。彼らが、社会を毒し彼ら自身の自己発展を妨げていると信じていた、階級やジェンダーの硬直したシステムを超越し変革しようとしたのは事実だが、貧困や貧民に対する彼らの見方は、スラミングに関する文化的ロジックに囚われており、階級・ジェンダー・性のヒエラルキーを真に民主的な形に再配列することはできなかった。彼らは、高尚な意図を持ちながらも、想像力を十分に働かせるまでには至らなかったということが明確になった点は、大きな収穫であった。

今後の研究の推進方策

令和3年度は、まず昨年度に予定していた課題に取り組む。セツルメントを始めとする慈善活動を、その対象となる労働者階級はどう捉えていたのかを、ニコルの住人だったアーサー・ハーディングの反応に探る。次に帝国主義の興隆とともに数多く出版された少年向け冒険物語がいかに労働者階級の子供を体制のイデオロギーの中に取り込もうとしていたのかを、スティーヴンソンの『宝島』等の分析を通して明らかにする。そして、肯定的に捉えられていた「粗暴な少年」が「フーリガン」と否定的に見なされるようになった過程を、ボーア戦争と関連づけて追い、ベイデン=パウエルのボーイ・スカウト運動と労働者階級との関係へと研究を展開する。
令和3年度こそはイギリスの図書館や博物館を訪問する予定だったが、昨年度同様コロナの感染拡大が収束しない状況下では不可能である。したがって、専らテクスト分析と関連資料の渉猟に努めることにする。

次年度使用額が生じた理由

(理由)令和4年度開学の大阪公立大学関連の校務に忙殺され、製本予定の資料の整理ができず、それに伴い、関連資料の選択・購入に十分な時間を割くことができなかった。また、コロナの感染拡大のため、イギリスに資料収集に赴くこともかなわなかった。
(使用計画)海外渡航は現段階ではまだ不可能なので、第一に、資料をできるだけ早くに整理し製本に出す。また、関連資料を選択し発注する。そのための費用に充てる。

  • 研究成果

    (1件)

すべて 2021

すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)

  • [雑誌論文] Arthur Morrison's Authorial Distance in A Child of the Jago2021

    • 著者名/発表者名
      TANAKA Takanobu
    • 雑誌名

      Studies in the Humanities

      巻: 72 ページ: 43-57

    • 査読あり / オープンアクセス

URL: 

公開日: 2021-12-27  

サービス概要 検索マニュアル よくある質問 お知らせ 利用規程 科研費による研究の帰属

Powered by NII kakenhi