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2021 年度 実施状況報告書

後期ヴィクトリア朝小説とジャーナリズムに見る労働者階級の子供像

研究課題

研究課題/領域番号 19K00397
研究機関大阪市立大学

研究代表者

田中 孝信  大阪市立大学, 大学院文学研究科, 教授 (20171770)

研究期間 (年度) 2019-04-01 – 2023-03-31
キーワードペニー・フィクション / 『宝島』 / ボーイスカウト運動 / ベイデン=パウエル / 帝国主義 / 中流階級 / 労働者階級 / 若者
研究実績の概要

本年度は第一に、『宝島』(1883)に代表されるような少年向け冒険物語が労働者階級の若者に対して果たした役割を追った。19世紀半ばに「ペニー・フィクション」は労働者階級の若者に人気を博したのだが、それを中流階級は、労働者階級の身体を枠に嵌めようとする動きを妨げるものと見なした。その「矯正手段」として中流階級によって作り出されたのが、冒険物語だったのである。中流階級は冒険物語を通して、彼らの価値観を帝国主義的感情の形で労働者階級に植えつけることで、労働者階級が引き起こす政治的動揺を抑え込もうとしたのである。
次に、帝国主義の牽引役となったボーイスカウト運動に目を向け、その基幹となるベイデン=パウエルの『少年のための斥候活動』(1908)を分析することで、そこに読み取れる矛盾、すなわち、階級の壁を越えた理想の国家像を謳いながら、同時に、階級差という本質的概念を繰り返している点を明らかにした。そして、そのような支配的な言説を、対象となる労働者階級はどう捉えていたのかを様々なテクストに探った。結果として見えてきたのは、ボーイスカウト活動は、社会主義教育者たちのみならず、労働者階級の少年たちによっても批判されたということだった。後者は入会を拒否するか、入会してもすぐに脱会したのだった。同じような傾向は、救世軍においても見られ、上昇志向のある下層中流階級の受けはよかったが、ブースの計画の対象であるはずの極貧層には反感を抱かれたのだった。
これらのことから言えるのは、最も楽観的に階級融合を唱える言説であっても、帝国主義が拠って立つところの国家的アイデンティティは非常に不安定な構築物でしかないということ、そして、帝国主義的想像力が生み出す若者像に繰り返される階級差こそが、帝国主義言説に刻まれた深い割れ目なのだということである。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

4: 遅れている

理由

所属機関と大阪府立大学との統合による令和4年度開学の大阪公立大学関連の校務とコロナの感染拡大に伴うオンライン授業への切り替えのため多大の時間と労力を取られ、当初予定していた「フーリガン」関連のテクストの分析を行うことができなかった。
しかしながら、ボーイスカウト運動の研究を進めることで、その言説に見られる「機械としての労働者階級の身体」と「洞察力を帯びた中流階級」といった二項対立的捉え方が、エドワード朝期の階級差に係る表象を顕著に表すものであり、教育関連の論文や冒険小説、さらには第一次世界大戦の新兵募集文書などにも共通することが分かったのは大きな収穫であった。そうしたテクストは、洞察力を持った中流階級こそが、機械化された兵団として表される労働者階級の兵士を適切に配置できるものとして提示しているのである。この一つの国家とは名ばかりの、矛盾を含んだ「想像の共同体」は、第一次世界大戦によってその恣意的なイデオロギーが暴かれ、崩れることになる。それを表すのが、戦後に書かれたモダニストの小説であり、兵士たちの回想記なのである。

今後の研究の推進方策

令和4年度は、まず前年度に取り組めなかった第一次世界大戦後の階級差に基づく帝国主義言説批判をヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』(1925)等の文学テクストに探る。それと同時に、世紀末から20世紀初頭における、帝国主義言説とは真逆と言ってよい、中流・上流階級による労働者階級の子供への審美主義的眼差しに着目する。その際に鍵となるのは、ミュージック・ホールの舞台に立つ少女礼賛、絵画や写真に見られる少年たちの裸身像、映画における虐待される少女像、トマス・バークの描き出すデカダンス的雰囲気の中で自由奔放に振舞う少女たちの姿である。
令和4年度こそはイギリスの図書館や博物館を訪問する予定だが、昨年度同様コロナの感染拡大が危惧される。海外渡航が不可能な場合は、もっぱらテクスト分析と関連資料の渉猟に努めることにする。

次年度使用額が生じた理由

(理由)令和4年度開学の大阪公立大学関連の校務に忙殺され、製本予定の資料の整理ができず、それに伴い、関連資料の選択・購入に十分な時間を割くことができなかった。また、コロナの感染拡大のため、イギリスに資料収集に赴くことができなかった。
(使用計画)コロナの感染状況次第だが、次年度はイギリスで資料収集に従事する予定である。また、購入済みの資料を整理のうえ新たな資料を選択し発注する。そのための費用に充てる。

  • 研究成果

    (1件)

すべて 2021

すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件)

  • [雑誌論文] Gissing's View of the London Working Classes: Representations of the Female Body in The Nether World2021

    • 著者名/発表者名
      Takanobu Tanaka
    • 雑誌名

      QUERIES

      巻: 54 ページ: 1-20

    • 査読あり

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公開日: 2022-12-28  

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