研究課題/領域番号 |
19K00401
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研究機関 | 津田塾大学 |
研究代表者 |
野口 啓子 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (60180717)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 反奴隷制小説 / ハリエット・ビーチャー・ストー / 北部の奴隷制 |
研究実績の概要 |
本研究は、アメリカ作家ハリエット・ビーチャー・ストーの『アンクル・トムの小屋』を中心とする反奴隷制文学が、19世紀中葉のルネサンス期に隆盛を迎え、一つの文学ジャンルを形成したが、それはアンテベラム期の一現象ではなく、古くは18世紀にすでに萌芽があり、さらにはポストベラム期以降のアメリカ文学に脈々と受け継がれていったことを明らかにしようとするものである。トマス・ジェファソンが独立宣言で謳った「イギリスの隷属からの自由」は、反奴隷制文学において黒人奴隷とその解放というアナロジーを提供し、自由平等を掲げた民主国家の理念との矛盾を突きつけることになったが、それはさらにルネサンス期における社会的制約と個人の自由とのロマンティックな格闘とも結びつき、その後は普遍的な社会と個人の問題として現代文学に浸透していくことになった。本研究は、このような視点から、アメリカ文学における反奴隷制文学の系譜を通時的に考察しようとするものである。 初年度にあたる令和元年(2019年度)は、独立戦争後からウィリアム・ロイド・ギャリソンの奴隷制廃止を訴える週刊新聞『リベレーター』が発刊された1830年代までを反奴隷制文学の萌芽期として捉え、この時代に活躍したデイヴィッド・ウォーカー、リディア・マリア・チャイルドの著作物ならびに当時の新聞や雑誌等を中心に検証し、その反奴隷制に関する言説の共通点等を明るみにだした。この時代の白人作家や黒人作家は、ほとんどが北部出身であり、元奴隷の体験記(スレイヴ・ナラティヴ)が盛んに出版される1840年代、50年代の反奴隷制文学と違い、理念的であり、具体性に欠けるのが特徴的である。その中にあって、北部の元奴隷であったソジャーナ・トゥルースのスレイヴ・ナラティヴは、様々な問題を孕むものの、その具体性と北部の奴隷制を暴く点で、本研究に新たな視点を与えてくれた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画においては、初年度は、独立戦争後からウィリアム・ロイド・ギャリソンの奴隷制廃止を訴える週刊新聞『リベレーター』が発刊された1830年代までを反奴隷制文学の萌芽期として捉え、この時代に活躍したデイヴィッド・ウォーカー、リディア・マリア・チャイルドの著作物ならびに当時の新聞や雑誌等を中心に検証することを目標としていた。この点については、ほぼその目的を達し、この時代の白人作家や黒人作家は、ほとんどが北部出身であり、元奴隷の体験記(スレイヴ・ナラティヴ)が盛んに出版される1840年代、50年代の反奴隷制文学と違い、理念的であり、具体性に欠けるのが特徴的であることを明らかにできた。その過程で、北部の元奴隷であったソジャーナ・トゥルースのスレイヴ・ナラティヴ(出版は1850年であるが、語られている時期が上記のウォーカーやチャイルド、ギャリソンの時代を含む)は、北部の奴隷制について具体的に語っているので、本研究に新たな視点を与えてくれた。以上の理由から、ほぼ順調に進展したと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
上記の「進捗状況」において述べたように、本研究を進める過程で、反奴隷制文学の「萌芽期」における北部の奴隷についての考察が、新たな課題として浮上した。これまでスレイヴ・ナラティヴというとき、南部から逃亡してきた元奴隷の体験記のみを念頭においていたが、ソジャーナ・トゥルースのスレイヴ・ナラティヴが、反奴隷制の言説に新たな局面を与え、南部と北部の共通点と違いを検証する必要が生じた。今後はこの点を視座に入れて研究する必要があると思われる。その資料収集や、現地の視察の必要性もあるが、現在の新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、この点はまだ未定である。しかし、一方でソジャーナ・トゥルースのスレイヴ・ナラティヴが、同じく北部で奴隷のように使われたハリエット・ウィルソンの自伝的小説『うちの黒んぼ』を理解するヒントを与えてくれ、次年度の研究に大いに利すると思われる。
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