本研究は、ハリエット・ビーチャー・ストーの『アンクル・トムの小屋』を中心とする反奴隷制文学が、19世紀中庸のルネサンス期に隆盛を迎え、一つの文学ジャンルを形成したが、それはアンテベラム期の一時的な現象ではなく、古くは18世紀にすでに萌芽が見られ、さらには南北戦争後のアメリカ文学に脈々と受け継がれていったことを明らかにしようとしたものである。 初年度にあたる令和元年は、独立戦争後からウィリアム・ロイド・ギャリソンの奴隷制廃止を訴える『リベレーター』が刊行された1830年代までを反奴隷制文学の萌芽期として捉え、この時代に活躍したデイヴィッド・ウォーカー、リディア・マリア・チャイルドの著作物ならびに当時の新聞や雑誌を中心に検証した。その結果、この時代の白人作家や黒人作家は、ほとんどが北部出身であり、理念的であり、具体性に欠ける傾向がみられた。これを補うものとして、北部の元奴隷ソジャーナ・トゥルースのスレイヴ・ナラティヴは、その具体性と北部の奴隷制を暴く点で、新たな視点を提供するものとなった。 次年度は、初年度の研究成果を踏まえ、ルネサンス期の反奴隷制文学について、とくに同時代の作家との間テクスト性に留意しながら検証を重ねた。その結果、この時期の反奴隷文学の隆盛がマシセンの定義した「アメリカン・ルネサンス」にも匹敵する大きな影響力を持つ文学運動であったことが明らかとなった。 最終年度は、初年度・次年度の研究成果を踏まえ、ルネサンス期に隆盛を迎えた反奴隷制文学が、一時的なものではなく、戦後の文学へと受け継がれていったことを検証した。とりわけ、アーネスト・ヘミングウェイがアメリカ現代文学の起点としたマーク・トウェインの『ハックリベリー・フィンの冒険』における反奴隷制の言説を考察することで、反奴隷制文学がアメリカ文学の「主流」に受け継がれたことを例証した。
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