ヴァイオレット・パーン脚本、エドワード・エルガー作曲の音楽劇『スターライト・エクスプレス』およびその原作アルジャーノン・ブラックウッド『妖精の国の囚われ人』を比較しながら、両作品には第一次大戦時におけるナショナリズムや愛国心を喚起させるような装置があるのか、またそのような時代潮流と齟齬をきたすような言説が組みまこまれているのか分析した。その結果、原作の小説の方は当時広く見られた田園讃美の心地よいイデオロギーを受け入れているように見えながら、それを解体していくようなテクストであり、また音楽劇の方は一見すると現実世界とは無縁の夢物語であるにもかかわらず、第一次大戦時におけるイギリスの置かれた状況がそこに図らずも刻印されていることが分かった。『スターライト・エクスプレス』は一見現実世界とは遊離したファンタジーであるが、その舞台となったブルセル村を戦時下における銃後のメタファと取り、そこに平和がもたらされる物語として読み解くことができる。この音楽劇には戦争への様々なアリュージョンがちりばめれており、戦時下の社会状況が滲み出ているのである。 また『スターライト・エクスプレス』の翌年に執筆されたD・H・ロレンスの戯曲『危機一髪』における階級表象に着目し、分析した。そこでは炭坑夫たちが二律背反的に描かれている。彼らは19世紀末から20世紀初頭における労働者階級のステレオタイプとして描かれると同時に、ギリシャ悲劇における「コーラス」に似た役割も担っていることが解明された。
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