研究課題/領域番号 |
19K00414
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
山口 善成 金沢大学, 歴史言語文化学系, 教授 (60364139)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | アメリカ文学 / 名声 / 創造性 / パブリシティ / パーソナリティ / 友情 |
研究実績の概要 |
2020年11月、日本アメリカ文学会中部支部例会にて発表した「『詐欺師』の博愛と個人主義」では、ハーマン・メルヴィル『詐欺師』(1857)とテネシー・ウィリアムズ『欲望という名の電車』(1947)の結末場面に見られる奇妙な類似から出発し、見知らぬ者同士のつきあいや社会構築に対する不安について、それぞれの作品が発表された時代背景をいささかアナクロニスティックに往復参照しながら考察した。『詐欺師』終盤、エマソンやソローらの超絶主義思想を仄めかしながら特殊な友情論が展開される。本発表では、これにアレクシス・ド・トクヴィルのアメリカ個人主義論を接合し、本小説を19世紀アメリカにおける人間関係の二分化の物語として捉え直した。さらに、トクヴィルの議論を引き継いだ20世紀アメリカの個人主義論の知見をふまえ、20世紀後半のアメリカ中産階級たちが抱えた人間関係の不安は『詐欺師』が描く19世紀半ばのアメリカ個人主義にすでにその萌芽を顕していたことを論じた。『詐欺師』は20世紀的な人間関係の二重基準――利益重視の人脈作りと功利的な人間関係からの避難所としての「本当の友情」――に関わる不安を的確に予言した作品だと言える。本発表では最後に再び『欲望という名の電車』を取り上げ、そこにおいて共感ややさしさを基盤にした私的な人間関係が功利的な人脈によって駆逐されてゆく様を観察し、メルヴィルが描く19世紀半ばの個人主義社会とウィリアムズが描く20世紀半ばの社会関係資本のネットワーク型社会との連続性を指摘した。 新型コロナウィルス感染拡大の中、予定していた論文および著書の出版が遅れた。ブレット・イーストン・エリス『アメリカン・サイコ』に関する雑誌論文は2021年2月にようやく出版されたが、共著書『物語るちから』については2021年夏に出版予定がずれこんでいる(現在、再校が完了し、索引をまとめているところ)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
前年度、本研究計画に合わせて予定したハーマン・メルヴィルの『詐欺師』論を2020年11月に日本アメリカ文学会中部支部例会(オンライン)にて発表することができた。タイトルは「『詐欺師』の博愛と個人主義」で、これをもとにした論文を含め、メルヴィルの『詐欺師』の翻訳つき論説書の出版を現在準備している。 本来であれば2019年度末に出版されているはずだった雑誌論文と共著書の編集作業が、新型コロナウィルスの感染拡大を発端に大きく遅れ、2020年度にずれ込んだのは想定外だった。雑誌論文のほうは本年度末の出版にこぎ着けたが、共著書『物語るちから』のほうは今なお編集作業中である。これにともない、当初予定していた19世紀初頭におけるアメリカ人作家像の形成と流通に関する論考(ワシントン・アーヴィングを中心に論ずるもの)の仕上げが遅れた。2021年度の出版に向け、再計画中である。 メルヴィルの『詐欺師』論をきっかけに、本研究計画が「友情論」に接合しうるものであることが分かった。ただ、残念ながら2020年度に出席した学会・研究会は一つを除いてすべてオンライン開催で、研究の発展に向けたネットワーキングができなかった。これも本年度の研究の進捗状況に遅れを感じている理由の一つである。 ただし、研究の遅れは2021年度、十分に取り戻せると見込んでいる。研究成果報告や研究交流の新しいかたちを有効に活用し、状況に合わせて柔軟に研究を遂行したい。
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今後の研究の推進方策 |
ハーマン・メルヴィル『詐欺師』の翻訳つき論説書の出版準備を進める。本書は『詐欺師』の全訳に研究書誌と三本の論説を付けた内容で、そのうち二本の論説は出来上がっている(一本は19世紀の信用貨幣の文脈から論じたもの、もう一本は「研究実績の概要」で述べた友情論の観点から論じたもの)。三本目の論説は、ソーシャル・ディスタンス時代の人間関係に関連させて『詐欺師』を読む試みで、今の時代に『詐欺師』を読む意義を論じるものになる予定である。翻訳と同時並行で執筆を進め、2021年度半ばに一通りの原稿を揃えるべく、準備を進める。 2020年度に計画し、準備が遅れているワシントン・アーヴィング論を出版する。これは19世紀初頭から半ばのアメリカ文学における創作とパブリシティ活動の関係性について、とりわけ自身の 「作家像」の流通に自覚的だったワシントン・アーヴィングと、彼を中心としたニッカボッカー・グループの著作を取り上げて分析した論考である。最初期の「アメリカ文学」および「アメリカ人作家」が自己形成するプロセスに、新しい「名声」概念の諸側面(イメージの流通と二次創作的欲望)が稼働し始めていたことを例証し、それがアメリカ文学のコンテンツ形成にどのような効果をもたらしたかについて明らかにする。 学会等での発表機会が減りつつあるが、研究成果報告や研究交流についてはビデオ発表・討論等の新しい方法を有効に活用し、状況に合わせて柔軟に研究を遂行したい。とりわけ、メルヴィルの『詐欺師』を論ずる際に気づいた本研究計画と「友情論」との関連性をもとに、新たな研究計画を他の隣接分野の研究者との共同研究として実施できるよう、ネットワーク作りに取り組みたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度末に計画し新型コロナウィルスの流行のため延期になった研究会は、2020年度もまた同じ理由で実施できず中止となった。また、その他、参加を予定していた学会もキャンセルになり、文献調査のための海外出張も実施できず、旅費として計上していた予算が使用できなかった。
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