研究課題/領域番号 |
19K00440
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研究機関 | 秋田大学 |
研究代表者 |
大西 洋一 秋田大学, 教育文化学部, 准教授 (10250656)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 北イングランド / 労働者階級 / 炭坑労働者 / 炭鉱 / 炭鉱ストライキ / 炭鉱演劇 |
研究実績の概要 |
本研究は、現代英国演劇における「北イングランド」と「炭坑労働者」の表象に関する考察を二本柱として研究を行なうことを目的としており、2019年度は特に近年研究が進んでいる産業革命期の演劇における「炭鉱」表象とマーガレット・サッチャーが首相を務めた1980年代の「炭鉱ストライキ」に関する演劇の調査を主に行なった。前者に関しては、19世紀メロドラマにおける「鉱山」の役割を論じた研究を通じて「地下世界」に関わる演劇伝統の影響と炭鉱労働の危険な現実を垣間見せる演劇の出現を確認することにより、いわば「炭鉱演劇」の前史に関する視座を得ることができた。また「サッチャー時代」の「炭鉱演劇」については、戦後最大規模の労使紛争である「炭鉱ストライキ」(1984-85)を描いた戯曲を中心に作品収集を行った。激しい闘争の場であった北イングランド各地の炭鉱を舞台にしたものも多く、また「炭鉱ストライキ」に関しては少なからぬ戯曲が未刊行のままであると判明したことも収穫と言える。 これらの研究内容に関しては次年度以降まとめる予定であり、本年度は以前より進めていた1960年代の「炭鉱演劇」に関する予備的研究を発展させ、2019年12月の秋田英語英文学会で口頭発表を行った。イングランド北東部の炭鉱業の歴史を炭坑労働者の家族の物語に絡めて描いたアラン・プレイター作『石炭小屋のドアを閉めろ』(1968年)についての研究発表であり、交錯する複数の演劇ジャンル(「資本家/労働者」演劇、「ミュージカル・ドキュメンタリー演劇」、「コミュニティ演劇」)という視点からこの作品の演劇史的位置を分析した。その上で、1990年代と2010年代に再演されるにあたってプレイター自身や劇作家リー・ホールによって加筆された部分に注目することにより、炭鉱をめぐる社会状況の変化を如実に反映した重要な「炭鉱演劇」であると論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2019年度に予定していた研究調査に関しては、20世紀以前の産業労働者の演劇表象に関する調査と「炭鉱ストライキ」に関する文化表象の収集に見通しをつけることができたという意味において、概ね順調に進んでいた。しかしながら、本年度の研究の締めくくりとして2020年3月に計画していた英国での資料収集は、新型コロナウイルス感染症の蔓延により中止せざるを得なくなってしまった。調査予定の中で特に重視していたのは、英国国立劇場文書庫とヴィクトリア&アルバート博物館附設演劇資料室での未刊行の上演資料の収集であり、シェフィールド大学や労働者階級運動図書館における「炭鉱ストライキ」関係の資料収集である(シェフィールド大学では、現代英国文化における労働者階級の表象を専門とする研究者との意見交換も計画していた)。時事性が強い作品はしばしば未刊行のまま演劇史の片隅に埋もれてしまうが、当時の演劇を巡る文化状況を裏付ける際には大変重要な役割を果たすものである。英国での資料収集ができず、国内での文献調査で見出したこれらの作品の入手可能性と重要性とを確かめて来年度以降の研究計画に道筋をつけることがかなわなかったため、進捗状況は「やや遅れている」と言わざるを得ない。
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今後の研究の推進方策 |
予定されている研究期間に本研究の重要な部分を占める英国での文献収集を実施できるかどうか見通しが立たないため、海外渡航ができない場合は以下の二つの方策によって研究を可能な限り滞りなく進めていきたいと考えている。まず未刊行戯曲や公演関連資料についてであるが、最近インターネット上のアーカイブで公開されているものも増えているため、オンラインで資料が入手可能であるかを調査するとともに、北イングランドの主要劇場および劇作家に直接連絡を取り、上演の実際について資料や情報の提供が可能であるかを確認したい。また、未刊行資料は「炭鉱演劇」という極めて限定的な主題を扱った作品に多いため、研究のもう一つの柱である「北イングランド」という地域により比重を置くことも考えていきたい。従来「北イングランド」という範疇を用いて演劇が論じられることは決して多くはないのだが、この地域を舞台とした労働者階級を登場人物とする近現代演劇を広く渉猟し、その内容を再検討することで20世紀以降の「地域」の演劇伝統を再構築するのは演劇史的にも有意義であると思われる。とりわけ20世紀初頭の「マンチェスター派」以降、産業構造と社会状況の変化に翻弄された「地域」と「労働者階級」の姿をどのような作品が取り上げていたかを調査し、その演劇表象の歴史的変遷をたどることで、これまで等閑視されてきた劇作家とその作品の文化史的意義を再考していきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度末に計画していた英国出張による資料収集を中止せざるを得なかったため、次年度使用額が生じた。次年度以降、英国への渡航が可能になった場合は、英国への出張旅費として使用したい。海外出張ができない場合は、国内で可能な限り「北イングランド」の労働者階級演劇に関わる一次資料や研究書および視聴覚資料を購入して研究体制を整えたい。
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