研究実績の概要 |
2020年度においてはテレサ・ハッキョン・チャの文学テクストにおける映像・映画的詩学の在り処を、まずはその文体において見定めることで、文学作品のフォームとその映像・映画的効果との共振的な関係性について調査した。そこで重要となるのがチャが影響を受けつつも、独特の方法で解釈を行ったアイルランド出身の劇作家・詩人のサミュエル・ベケットである。2020年度は、これまで度々指摘されながらも研究が進んでこなかったベケットとチャの文体の類似点と差異について綿密な読解を通じた研究を行った。そしてテオドール・アドルノなども称賛する「醜いもの」への滞留を通してブルジョア社会においてイデオロギーと化した「美しさ」に抗うベケットの詩学から、チャが大いに影響を受けながらも、その文体のリズムにおいてより「崇高」な高みへ上昇を試みていたことについて読解作業を進めた。 こうしたチャの上昇を試みる文体は、社会で不可視なままにとどまる映像の世界へと上昇する欲求への現れでもあったが、これらはチャを取り囲んだ1970年代北米でのフィルムスタディーズとフェミニズムの勃興と大いに関連がある。そこで本年度はチャが実際に創作や研究を行った1970年代北カリフォルニアの文脈において展開したフィルム・スタディーズの流れ、特にフェミニスト・フィルム・スタディーズの潮流を準備した雑誌群についての実証的研究をオンライン・アーカイブでの調査をもとに行った。1970年代初頭にロサンジェルスで刊行されたWomen and Film,同年代中盤にバークレーで創刊されたCamera Obscura, Discourseなどの雑誌が徐々にフェミニスト映画理論誌へと発展する過程を追うことで、これら雑誌において英語翻訳が進んだCinema Appratus(映画装置)をめぐる理論と、チャ独特の映画装置論との共鳴と差異とをめぐる基礎調査を行った。
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今後の研究の推進方策 |
コロナウィルスの状況変化にも依るが、Berkeley Art Museumをはじめとするアーカイブでの資料調査に関しては2021年度後半に現地での調査を行う予定である。また同時に、チャが影響を受けたとされるChantal Akerman, Terry Fox, Thierry Kuntzel, Maya Deren, Michael Snow, Chris Marker, Carl Dreyerなどについてもチャ本人の資料も参考にしながら研究を進める。 論文執筆についてはイギリスの学術出版から刊行予定のアメリカ詩に関する論文集にチャとそれ以後の詩人についての章を寄稿予定である。また東アジア研究と美学・芸術学を領域とする英語学術誌にも招へい論文を掲載予定である。その他、幾つかの英語論文執筆が進んでいる。 映画理論についてはChristian Metz, Raymond Bellour, Jean-Louis Baudryなどの1970年代フランス映画理論が、特に1968年代以後の北カリフォルニアの社会運動と学術運動の変容の中でいかに受容されたかを中心に実証調査とテクスト読解を行う。 またコロナウィルス状況がある程度収束し、バークレー、ワシントンDC,パリなどにいるチャ研究者たちとも対面での意見交換が可能となった場合に備えて、共同研究の準備を再開する予定である。
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