研究実績の概要 |
本研究の主な成果としては、まずなによりもテレサ・ハッキョン・チャがその文学と映像を横断する創作において目指したトランスナショナルな共同性のビジョンが、アメリカ、韓国、日本といった民族国家(ネーションステート)を単純に「越境」するものではなく、人々を「民族」として分離した上で統治する近代インターナショナル・システムの図式から「逃れていく」出会いと接触の形であったことを明らかにしたことが挙げられる。 この研究全体を通して、一方では「民族」や「国語」といった像(フィギュア、イメージ)の範囲から「逃れる」人々の位相を指し示す「逃走性」(fugivitity)、「難民性」(refugeeism)などをめぐるGiorgio Agamben, Nicholas de Genova, Sandra Mezzadraなどによる諸理論を検討し、また他方では「消失」(disappearance)や「没視覚性」(avisuality)など、消えるプロセスとして現れるというパラドキシカルなイメージの位相について主に映像理論からの考察を行った。また逃走の政治学と消失の美学がチャの文学テクストにおいていかに言語化されるのかという問いのもとに、Samuel BeckettとStephen Mallarmeの文学表現との比較的読解を行った。 こうした読解の成果を幾つかについて、ソウル、マニラ、サンディエゴなどで開催された学会にて招聘のもと発表を行った。またチャの美的方法論と政治倫理的思考のより理解者でもあるトリン・T・ミンハの映像表現について考えるシンポジウムも実施した。これらを通して、文学と映像を横断しながら境界から消失するチャ作品の特異性についての研究成果を発信するだけでなく、各地の研究者、表現者たちとそれらについての議論をより一層深めることが可能となった。
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