研究実績の概要 |
本研究は、ars moriendiが中世における臨終の床という限られた場面での魂の振る舞い方から、日常生活のなかで死と向き合うための流儀へと移行したといわれる近代において、実際に人々が日々どのような姿勢で死と向き合ったかについて、生活に密着した資料を個別具体的に調査することにより、研究しようとするものである。特に、当時の女性の〈終活〉のあり方について、彼女たちが死をとりわけ強く意識したであろう人生の二つのステージ、すなわち、<出産>と<家族との死別>に焦点を合わせ、彼女たちの残した遺言や手記等を中心に調査することで、女性特有の〈終活〉のあり方を明らかにすることを目的とする。 昨年度の寡婦の終活についての考察に続き、本年度は研究初年度に渡英して主要図書館で実施した手稿および出版物の調査に基づき、当時の女性の妊娠・出産時における死との向き合い方と、詩的メタファーとしての出産と死との関わりについて、研究を進めた。具体的には、John Donneが15歳足らずで死去した少女Elizabeth Druryの死を悼んで書いた追悼詩集Anniversariesにみられる妊娠・出産のメタファーを考察するにあたり、病と出産が当時、等しく身体と精神双方の危機にある状態と捉えられていたことを、William Perkins, A salve for a Sicke Man(1595)といった病床における信仰の手引き書等を引き合いに出して論じた。さらには、当時の妊婦の死への備え方を、妊婦のための祈祷書や、近年“Mother's Legacy”と称されるところの母親が子に残した助言書のなかに探るとともに、個別のケースを考察するために、17世紀に自らの出産経験を記録したAlice Thorntonによる回顧録などを調査することで、当時の妊婦による終活のあり方を明らかにすることができた。
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