本研究では、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アメリカ合衆国の社会と文化に大きな影響を与えた優生学に基づく思想や言説が、女性作家の作品における女性の身体の表象にどのように作用したのかについて考証することで、性差と身体の問題がどのように言説化され、どのように女性作家の作品と交差したのか、その過程と余波を捉え直した。 具体的には、18世紀に作品を発表したハナ・ウェブスター・フォスターから19世紀後半のケイト・ショパン、20世紀前半に活躍したシャーロット・パーキンズ・ギルマン、ジーン・ウェブスターまでを取り上げ、その作品における女性の表象の分析を行った。いわゆるギブソン・ガールと呼ばれる、新たな女性たちの表象が19世紀末からアメリカの雑誌等のメディアに頻出するようになったことに着目し、その身体が優生学思想に基づく白人中心主義的なものであること、健全な子供を産み育てる健全な身体がその表象を通して要請されている点を明らかとした。さらには、そのような女性の身体の表象が、フォスターの作品にみられるように、建国時代のアメリカにおいて支配的であった、共和国の母という理念と共鳴することで、優生学思想と女性像をつなぐ下地が過去から用意されていた点にも注目した。その傾向は、時代を経て、ショパン、ギルマン、ウェブスターの時代になっても作品の女性像を規定し続けていることから、女性の身体に要請される健全さと母であるべきというイデオロギーが、女性解放を訴えた女性作家の作品であっても、その枠組みや女性像を左右していたことがわかった。そのうえで、規範的な身体の獲得に対する社会からの要請に女性作家たちが自らを解き放つには、20世紀後半、第二次女性運動以降の作家たちを待たなければならなかったことを指摘し、次の研究への展望を得た。
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