研究課題/領域番号 |
19K00459
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
澤入 要仁 立教大学, 文学部, 教授 (20261539)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | フレデリック・ゴッダード・タッカーマン / ブレット・ハート / アメリカ詩 / ロマン主義 / リアリズム / アメリカ文学史 |
研究実績の概要 |
本年度は、フレデリック・ゴッダード・タッカーマンとブレット・ハートの詩作を中心にして研究を進めた。どちらも論じられることが比較的少ない文人だ。本研究の結果、二人は異なる手法を使いながら、いずれもリアリズムといっていい方向へ進んでいたことが分かった。 たしかにタッカーマンはソネットという伝統的詩型をしばしば使っていて、伝統にならった詩人のようにみえる。けれどもそのソネットは、ペトラルカ風でもシェイクスピア風でもなく、それらの定型的進行への期待を裏切るような逸脱を含んでいた。それだけではない。視覚や色の使い方も印象的だ。たとえば詩『問題』では、恋人をどのように飾り立てどのような場面において描くべきかという「問題」を歌っていた。語り手は詩人であり、同時に画家だ。したがって赤や青の色だけでなく、真珠や大理石の輝きも使う。古今の伝説に空想を馳せることによって重層的に女性の美を描いたポウとちがい、もっと感覚的といえる。感情や空想を経ることがなく、絵画のごとく直接、鮮烈に描いているからだ。これは、のちに色彩を多用した自然主義作家スティーヴン・クレインの手法を想起させる。 タッカーマンに比べると、ハートの詩作の方が説明しやすい。その短篇小説の特徴と似ているからだ。短篇小説では人間が理想化されて描かれていた。同様の傾向がその詩作にもみてとれる。前時代のように感傷的あるいは道徳的と批判されてもおかしくない作風だ。けれども、そのような人間像を現実の社会的状況に置き、その社会を諷刺しているところが新しい。たとえば詩「スタニスラウス川ぞいの学会」では、学会を設立させるような新しい知的社会を諷刺した。これは単に語り手「正直者のジェイムズ」の言葉遣いがリアリスティックであるだけでなく、その社会状況を真正面から捉えているから可能な筆致だ。ハートは散文のリアリズムを詩へも取り込んだといえるだろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度までの進捗状況は「やや遅れている」と評価した。昨年度も「やや遅れている」であったが、残念ながら本年度、その遅れを挽回することができなかった。 本研究の申請文書に示した通り、その大きな方法のひとつは、アメリカの大学におけるアーカイブ調査だった。けれども本年度も新型ウイルスの蔓延が収まらず、一度も海外出張を実現することができなかった。国内の図書館やオンライン資料を利用した研究に制限されただけでなく、本研究を1年延長せざるをえなかった。 一昨年は小説家ハーマン・メルヴィルの南北戦争詩集を考察し、昨年には南北戦争を舞台にした代表作『赤い武功章』で知られる小説家スティーヴン・クレインの詩作を検討した。その流れを引き継いで、本年度は初期の目的のひとつである米西戦争下の詩と詩壇を探る予定だったが、その研究も国内では難しかった。資料を閲しやすいタッカーマンとハートを調査した所以である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の主要な柱として当初かかげた、米西戦争時代の大衆詩研究がまだ残されている。本年度は最終年度となってしまったが、可能な限り実現を目指したい。そのためには、国内で十分な下準備を進めたうえ、アメリカのアーカイブで実地調査する必要がある。 なお本年度、ブレット・ハートの詩作を研究している過程で、ハートとほぼ同時代の詩人であるジョン・ヘイとウィル・カールトンに遭遇した。いずれも方言のような日常語を使って詩を書き、ベストセラーとなった詩人たちである。現在では論じられることがほとんどない詩人たちであるが、たとえばマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』よりも十数年も前に日常語を取り入れていたという点だけを考慮しても、アメリカ詩の「沈滞期」における水面下の動きを象徴する重要な詩人たちと思われる。その試作の調査は本研究の推進にも役立つはずだ。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究が始まって3年たったが、その2年目と3年目は一度も海外出張ができなかった。本研究の申請時に示した通り、本研究ではアメリカの図書館や大学へ出張し、そこでアーカイヴァル・ワークをすることが大きな方法のひとつだった。経費も、それらの出張におおきな割合が当てられていた。その出張による研究が2年間不可能だったため、未使用額が蓄積されてしまったのである。次年度には、積極的に海外へ赴くことによって、当初の計画を着実に進捗させたい。
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