研究課題/領域番号 |
19K00467
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
三浦 清美 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (20272750)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ロシア / キリスト教 / 東方正教 / テオーシス / アウトクラトール / 説教 / 中世 |
研究実績の概要 |
本年度も、コロナ禍のためにロシアでの文献ならびに遺跡調査ができなかった。このため方向転換し、昨年度と同様にこれまでの研究成果を取りまとめ、発表することにした。昨年度は『キエフ洞窟修道院聖者列伝』の翻訳と解説論文を松籟社から上梓したが、今年は『中世ロシアのキリスト教雄弁文学(説教と書簡)』を同じく松籟社から出版した。この書は、ロシア文学の皮切りとなった府主教イラリオンによる「律法と恩寵についての講話」をはじめ、ルーシの説教者である洞窟のフェオドーシイ、スモレンスク人クリメント、トゥーロフのキリル、ヴィドゥビツィのモイセイ、ウラジーミルのセラピオン、ベロオゼロのキリル、プスコフのパンフィール、プスコフのフィロフェイ、ヴォロクのヨシフ、ワッシアン・パトリケーエフ、ソラ川のニルの説教および書簡を集めている。総ページ数は507頁で、そのうち解説「中世ロシアの歴史とロシア思想展開の諸相」は125頁である。 今般のロシア政府とロシア軍によるウクライナ侵攻で、「神の代理人」というべき統治者観が明らかになった。本研究者は、マスメディアの要請に応じて、ロシアのこの統治者観について解説記事(3月1日読売新聞、3月20日産経新聞)、コメント(4月25日アエラ、5月1日サンデー毎日)を寄せたが、その源泉は本解説一二.である。解説のこの部分では、ロシア固有の伝統的な政治理念について、中世ロシア説教文学を素材に論じている。 今書籍は刊行された間もないが、レビューのために配布した研究者たちの反響を呼び、高く評されたものと思っている。配算された研究費はほかにも、この刊行の準備のために使用された書籍、文房具、電子機器の購入のために使用された。 本研究費によってさらに2冊の書物の刊行を考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画では、ロシアの文書館でアルカイフ・ワークをする予定であった。2019年度は、この線にしたがってロシア、サンクト・ペテルブルグのロシア国民図書館でアルカイフ・ワークを行い、モスクワの瘋癲行者聖人である『ワシーリイ伝』についての貴重な書籍を収拾することができた。2019年度は年度末にもう一度ロシアに渡航する計画であったが、コロナ禍のためあきらめざるを得なかった。2020年度になると、渡航が全面的に不可能になり、現地での文献と遺跡の調査はできなくなった。研究計画は大きく修正されることになったが、しかしながら、研究課題として設定していた中世ロシア聖者伝文学の研究の成果発表に方向性を切り替えることができた。2021年3月には、33年間研究をつづけてきた『キエフ洞窟修道院聖者列伝』が学術的刊行物として日の目を見た。2022年3月には、中世ロシアの修道士たちが執筆した説教やキリスト教書簡を集め、中世ロシアの世界観についてのかなり長い解説論文を付して出版することができた。さらにいまさらに2冊の聖者伝文学(モスクワ勃興期、モスクワ確立期)についての書籍の刊行を準備中である。当初計画は、コロナ禍のために大きく変更されたが、研究計画の方向転換は、成功裡に行われたので、「おおむね順調に進展している」と評価してもよいと思う。書籍の刊行は、翻訳者側の準備はすでにできているが、出版社のキャパシティーの問題があるので、2023年度にずれ込む見込みであるが、刊行自体に問題は生じない。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度も、コロナ禍のためにロシア渡航によるアルカイフ・ワーク、ロシア人研究者の招聘による共同研究は、かなり難しいと判断せざるを得ない。このため、「ロシア聖人伝」に関する現在までの研究成果を、整理し、公開する方向性を維持していきたいと考えている。 昨年度の研究実績の概要では、『ラドネジのセルギイ伝』、『ベロオゼロのキリル伝』の刊行を計画している旨を書いたが、版権の問題があってとりあえずこちらは諦め、『中世ロシアのキリスト教雄弁文学(説教と書簡)』の刊行を先に行った。その後、版権の問題が解決し、今年は『中世ロシアの聖者伝(一)-モスクワ勃興期編』として、『ラドネジのセルギイ伝』、『ペルミのステファン伝』、『ベロオゼロのキリル伝』を出版したいと考えている。 『ラドネジのセルギイ伝』は、14世紀の中ごろに三位一体聖セルギイ大修道院を創建したラドネジのセルギイの聖者伝で、彼の弟子であったエピファニイ・プレムードルィと、当時東方正教の文化的な先進国であったセルビアからロシアに来たパホーミイ・ロゴフェットによって書かれた。『ペルミのステファン伝』は、キュリロス、メトディオス兄弟に倣ってペルミ語のアルファベットと文語文法体系を考案し、ペルミ地方のキリスト教化に大きな貢献をしたペルミのステファンの聖者伝で、エピファーニイ・プレムードルィが執筆した。『ベロオゼロのキリル伝』はパホーミイによって執筆されたもので、ラドネジのセルギイの薫陶を受けたのち、人跡のまばらなロシア北部のベロオゼロの居を移し、隔絶の生活を送ったベロオゼロのキリルの聖者伝である。いずれも、隔絶された場所で、人間との付き合いを廃し、神とのみ繋がろうとしたロシアの修道精神を代表する聖者たちである。 いずれの作品も、『中世ロシア文学文庫』版テクストを用いて翻訳する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初は、ロシアへの調査旅行、ロシアから研究者招聘による国際学会、研究会の開催を予定していたが、コロナ禍のために断念せざるを得なかった。そこで、いままでの研究成果発表のために、2020年度は書籍(三浦清美編訳『キエフ洞窟修道院聖者列伝』松籟社、2021年)、2021年度は書籍(三浦清美編訳『中世ロシアのキリスト教雄弁文学(説教と書簡)』松籟社、2022年)の発行に切り替えたが、それでも残額が余った。本年度も、コロナ禍のために海外への出張、海外からの研究者の招聘は難しいと思われるが、引き続き、研究成果の発表のために助成金を使用していきたいと考えている。
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