研究課題/領域番号 |
19K00468
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
桑原 聡 新潟大学, 人文社会科学系, フェロー (10168346)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ヘルマン・ブロッホ / ケルト文化 / 金・金鉱 / ドルイド / 群衆狂気論 / 人権 / 地上における絶対的なもの / ナチズム |
研究実績の概要 |
本研究課題「『死者との対話』―ケルト文化から見たH.ブロッホ『誘惑者』の文学と政治」は,ブロッホの未完の小説『誘惑者』をケルト文化の視点から再解釈しようとするものである。ナチズムの時代に世界の調和を再獲得できるかという問いに答えることはブロッホの後半生の最大の課題であった。本研究では以下の二点を明らかにする予定である。 1)『誘惑者』におけるケルト文化・神話の役割を明らかにし,ブロッホにおける「死者との対話」の意義を解明し,その上で,ブロッホの著作全体における神話・神秘主義の意義を解明しようとする。 同時に2),政治的要素がしばしば作品から切り離されて現実の政治的状況に関連づけられるブロッホ理解に対して,文学作品に描かれる政治的要素が作品構造の中でいかに扱われるべきかを,両者が明瞭に描かれている作品『誘惑者』において明らかにしようとする。 1)については,2020年度はM.プルースト『失われた時を求めて』「スワン家の方へ」Iに描かれる「ケルト人の信仰」-死者の魂の再発見-(プレイアード新版43頁,1987年)への註を手がかりに,フランスにおけるケルト文献(アーサー王関係と民話)とイギリス・アイルランドにおけるケルト文献(アーサー王関係と民話)を調査した。フランスでは『ブルターニュ 死の伝承』,アイルランドでは『ケルト民話集』および『アナム・カラ ケルトの知恵』において死者との対話が描かれ・解説されていることが判った。「死者との対話」の背景についてはおおよそ概略が判明した。 2)1937年に執筆された「国際連盟の決議書」案でブロッホは犯されざる権利として「人間の尊厳」を主題としていた。しかしながらその後のナチズム体制において「人間の尊厳」がいとも簡単に蹂躙されるのをまのあたりにしたブロッホは「民主主義」について再考せざるをえなくなったことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
『誘惑者』における「死者との対話」のモチーフについては,「研究実績の概要」に記したように,2020年度はM.プルースト『失われた時を求めて』「スワン家の方へ」Iに描かれる「ケルト人の信仰」(プレイアード新版43頁,1987年)への註を手がかりに,フランスにおけるケルト文献(アーサー王関係と民話)とイギリス・アイルランドにおけるケルト文献(アーサー王関係と民話)を調査した。フランスでは『ブルターニュ 死の伝承』,アイルランドでは『ケルト民話集』および『アナム・カラ ケルトの知恵』において死者との対話が描かれ・解説されていることが判った。「死者との対話」の背景についてはおおよそ概略が判明した。 『誘惑者』における政治については以下の通りである。 1937年に執筆された「国際連盟の決議書」案でブロッホは犯されざる権利として「人間の尊厳」に代表される「人権」を主題としていた。しかしながらその後のナチズム体制において「人間の尊厳」がいとも簡単に蹂躙されるのをまのあたりにしたブロッホは「民主主義」について再考せざるをえなくなる。ドイツにおいて民主主義が自らを放棄し,合法的にナチズムに政権を渡した事態にブロッホは衝撃を受ける。いかに「人権」が「地上における絶対的なもの」として民主主義に位置づけられるかを解明することが論文「人間性の独裁について」(1939年)以降の政治論文でブロッホが取り組む課題となる。ドイツにおける民主主義の敗北の原因についてブロッホは,それが単に経済危機に求められるべきではなく,それがひき起こす民衆の「心理的・倫理的不安」こそが民衆をナチズムに駆り立て,ナチズムはそこに巧妙に働きかけたと分析する。(「民主主義の理論」1941年)ここからブロッホは本格的に,自らの死によって未完に終わることになる「群衆狂気論」の執筆を始めることを解明した。
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今後の研究の推進方策 |
課題は二つある。 1)ブロッホの政治思想が形而上学的であるとともに,今回新たに解明できた,ブロッホの現実的民主主義論との関係をさらに精緻に分析する。2020度に予定していたオーストリアの公法学者H.ケルゼン(1881~1973)との思想的関係については2021年度に調査する。 2)『誘惑者』で展開される,ケルト文化に由来する「死者との対話」と1)のブロッホの政治思想がどのように交わっているかを解明する。 2021年度末に本課題研究の総括のため国際ワークショップを開催する予定。
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次年度使用額が生じた理由 |
Covid-19蔓延のため出張および中間まとめの国際ワークショップを行えなかった。2022年3月に国際ワークショップを開催する予定。
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