研究課題/領域番号 |
19K00471
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
小栗栖 等 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (60283941)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ロランの歌 / 電子校訂 / シャトールー写本 / ヴェネツィア7写本 |
研究実績の概要 |
研究計画の2年目に入り、計画の進行に尽力した。 具体的には、写本閲覧ソフト (Oliphan) や辞書閲覧ソフト (Durendal2, Almace2) の改良や、新たな電子辞書の作成をおこないつつ、初年度に一通りの作業を終えた、ヴェネツィア (Venezia 7) 写本とシャトールー(Chateauroux) 写本のトランスクリプション(転写)作業の改訂を進めた。すなわち、略号解釈や固有名詞、数詞などをマーキングしつつ、転記ミスをしらみつぶししにするという作業である。写本転写は、印刷本の文字起こしとはことなり、文字や単語の同定そのものが、資料との突き合わせをともなう、きめ細かな作業である。すなわち、転写テキストと写本の校合はもちろん、既存校訂本との比較対照もおこう。また、中世フランス語の各種大型辞書はもちろん、語源辞典や方言辞典の参照などもおこわねばならない。その進行は極めて遅いが、着実に転写テキストの精度は高まりつつある。 本研究課題は、『ロランの歌』の全ての写本を校訂するという一大プランの一部をなしており、すでに他の写本の校訂について、二度の科研費助成を受けている。それゆえ、ケンブリッジ写本に関する研究成果を、本研究課題の2020年度中の実績としてあげることは許されるだろう。まず、第一にフランス語論文「ヴァン・エムデン(Van Emden)により刊行されたケンブリッジ版『ロラン』の方法論的問題」が『ロマンス語文献誌 (Zeitschirf fur Romanische Philologie)」(De Gruyter)に掲載され、刊行された。次に、同雑誌にフランス語論文「ケンブリッジ版『ロラン』の難解詩行に関する注釈」を投稿し掲載が決定した。この極めて権威ある雑誌上での論文掲載は、私の研究が国際的水準にあることを示す重要な指標である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
写本転写は、印刷本の文字起こしとはことなり、文字や単語の同定そのものが、資料との突き合わせをともなう、きめこまかな作業である。したがって、その進行はきわめて遅いが、転写テクストの精度を高めるためにはやむをえない。とはいえ、その進行を早めるさまざまな工夫は凝らしている。電子校訂は単に、ワープロソフトで写本のテクストを入力することではなく、コンピューターの計算力を活用して、校訂作業の効率的な進行をはかることを意味するからである。じっさい、写本画像を操作するための専用ソフトウェアのOliphanを、2019度に引きつづき大幅に改良した。すなわち、従来転写されたテクストと写本画像の校合が容易におこなうためのソフトであったものに、トランスクリプションに特化した専用エディタを実装したが、さらに、電子テキストを組版して、略号を再現したディプロマティック版のテクストを、写本画像と重ね合わせて見くらべることができるようにしたのである。こうしたソフトウェアの開発にさいしては、実際に利用して、その使用感をフィードバックすることが不可欠である。したがって、今後も校訂作業の進行におうじて、ソフトウェアに手をくわえることになる。こうしたソフトウェア開発は、一見まわり道に見える面もあるが、いったん、使用可能になれば、じゅうらい、手間がかかりすぎて、だれもおこなわかったようなことさえも、きわめて容易におこなえるようになる。たとえば、難読文字の同定には、写本上の類似する文字連鎖を収集することは大変有益であるが、写本をひもといて、そうした文字連鎖を網羅的に調べることは、膨大な作業の割に、得られるのは一文字の同定であり、コストパフォーマンスが悪すぎる。しかし、コンピュータによる、電子テクストの検索機能と画像表示を組み合わせれば、その作業は、十分に割りにあうものとなるのである。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度もヴェネツィア写本とシャトールー写本の校訂テクストの質向上のための作業を継続する。校訂作業は、写本を読んで、それをコンピュータの文字で表記し、できあがっ たテクストを何度も写本と見くらべ、参考文献を参照しながら、手直しするという地道なものである。それ自体は、人間が目と手をつかって進めるしか作業である。しかしながら、目と手を使って行う作業を効率化する方法が存在しないわけではない。複数巻の大型辞書をいちいち書架に取りに行って、該当ページを見つけ出し、記述内容を確認したあと、辞書を書架に戻すという作業を、同じひとつの単語について、複数の異なった辞書でおこなう。ひとつの詩行をじゅうらいの刊行本のひとつひとつと校合する。また、それらの刊行本の巻末の注釈や異本、語彙集を参照する。こういった作業を文字どおり、手を使って行えば、膨大な時間が、書架との行き来や、ページの開け閉めに費やされることになる。校訂テクストの質は、いかに丹念に参考文献や辞書を参照するかで大きく左右されるいじょう、すでに存在する校訂本を凌駕する校訂テキストを作成しようとすれば、必然的に、そうした、いわば知的労働というよりも、肉体労働についやされる時間と手間は膨大とならざるをえない。それをコンピューターを用いて、最小限に縮減する方法を、実際の校訂作業の試行錯誤のなかで見つけ出すのが、電子校訂法の本来のありかたなのである。したがって、今後の研究の推進方策として、真っ先にあげるべきなのは、電子校訂法のさらなる彫琢洗練だといえるだろう。具体的には様々な参考文献を電子化して、最小限の手間で、それらの文献を行き来できるようにすること(これまでの大型辞書の電子化はその一貫である)、校訂テクストの校合のみならず、写本画像の校合を容易にするようなソフトウェアの開発をおこうことなどを、本来の意味での校訂作業と同時進行で行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外発注した書籍が年度内に届かなかったため、剰余金が生じた。2021年度中に現物が届き次第、その支払いに剰余金をあてる。
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