最終年度はとりわけヴァレリーがモンペリエ在住の19歳年上のロヴィラ夫人(未亡人)に送ろうとして書いたものの、最終的には送らないままになってしまった手紙の分析に注力した。これらの手紙とそれに関連するメモに関連する研究は私自身のものも含めていくつか先行研究は存在するが、おおかたこのヴァレリーの片思いが1930年代に明確に主題化される「ジェノヴァの夜」の神話の基盤になっているという点においては大きな違いはない。今回行った研究では、この「ジェノヴァの夜」の神話の作成にあたっては1920年代のカトリーヌ・ポッジとの恋愛経験もまたおおいに寄与しているのではないかという新しい視点を提出した。また、このロヴィラ夫人との関連で言うと、夫人とヴァレリーとの出会いの場であり、またヴァレリーの幻想の場でもあったモンペリエ市内とパラヴァス海岸を結んでいた汽車についての考察を行った。これは従来全く見逃されていた視点である。これに関しては2023年5月27日に慶應大学日吉キャンパスで行われた日本ヴァレリー研究センター主催の研究会で発表した。また発表原稿をもとにした論考「ロヴィラ夫人と『パラヴァスの小さな汽車』」が『ヴァレリー研究』(第11号、日本ヴァレリー研究サンタ―、2024年3月、61-68ページ)に掲載された。 研究期間全体を通して概観すると、カトリーヌ・ポッジとヴァレリーとの手紙やお互いの日記の研究を進め、あらたな発見を行った。また、1930年代ヴァレリーと親密であった彫刻家のルネ・ヴォーチェへの手紙の研究も行い成果を出すことができた(「ヴァレリーあるいは「石の女」- 『ネエールへの手紙』をめぐる一考察」、『Stella』第41号、九州大学フランス語フランス文学研究室、141-168ページ)。
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