最終年度にあたる2023年度は、前年度にひきつづき「コメレルと世界文学」というテーマで考察を行った。「閨秀詩人紫式部」および「ドン・キホーテにおける滑稽な人格化」が発表された時期、コメレルはそれまでの一貫した対象であったドイツ古典主義期の作品を離れ、「世界文学」を自らの批評対象としている。ゲーテに端を発することで知られる「世界文学」のコンセプトは、現在の文学研究においても更新が試みられているが、世界の変質、そのなかでの人間の変容を読み取るということが、「世界文学」に対するコメレルの「読みのモード」であると言うことができる。 2019年度は「抒情詩の本質について」の分析を行った。コメレルにとって「言語の身ぶり」としての詩的発話は、「沈黙」と「リズム」としての「命名」であり、その際に「魂」と「世界」が「震撼」と「情調づけ」のはたらきによって相互に関係を結び、「他者」における「自己認識」が成立する。2020、21年度は、「ゲーテの自由韻律」と「リルケのドゥイノ悲歌」の分析を行った。コメレルは、ゲーテの自由韻律の展開の内に、「神話的人格」としての「自我」と「神話的地平」としての「世界」の関係の変容を見出す。ゲーテ自身の「心」と「世界(=自然)」との相互的な応答関係こそが、初期ゲーテの「讃歌」に通底するものであり、詩人自身の「灼熱する心」が、初期ゲーテにおける「詩人の神」である。リルケにおいては「非-所有としての人間の現存在」を描き出さなければならない詩人は、間接的に人間の「所有」を通して「人間の実存」を描くのであり、従って「否定」と「隣接するものの置き換え」がリルケの詩的戦略となる。すなわち「解釈された世界」としての「神話」に、「否定」と「置き換え」による意味の「関連」がとってかわるのであり、この「関連」こそが神話なき時代の神話、神なき時代におけるリルケの「詩人の神」である。
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