研究課題/領域番号 |
19K00479
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研究機関 | 聖心女子大学 |
研究代表者 |
畑 浩一郎 聖心女子大学, 現代教養学部, 准教授 (20514574)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | フランス文学 / ロマン主義 / 共属意識 / オリエンタリズム / 東方問題 / シャトーブリアン / スタール夫人 / ポトツキ |
研究実績の概要 |
2019年度は主に二つの軸を立てて、フランス・ロマン主義時代における共属意識について考察を行った。ひとつは、いわゆる初期ロマン派と呼ばれる作家たちが、自らとは異なる人間の集団についてどのように考えたのかという問題をいくつかの作品の分析を通して検討した。一般に、ロマン主義においては、各国の文学の特殊性はそれを生み出した国民性、土壌に求められるとされる。こうした自国の存在基盤にまつわる意識は当然、他国のそれとの比較を通じて先鋭化される。こうした問題意識に立ち、研究初年にあたる2019年度は、フランス・ロマン主義の嚆矢にあたる二人の作家を取り上げ、それぞれ異なる観点から、共属意識が発生していく前段階の考察を行った。まずスタール夫人の『ドイツ論』を手がかりに、フランスにロマン主義が芽生え始めた時期に、他国の文化・思想、とりわけドイツと英国の文学、哲学がフランスの文学者たちにどのような影響を及ぼしたのかという問題を検討した。他方、シャトーブリアンの『キリスト教精髄』の分析を通して、キリスト教、とりわけカトリックの教義が大革命以降のフランス人に涵養したある種の同族意識を考察した。ただしシャトーブリアンの著作に対しては、無視できない規模での批判が沸き起こっていることをも合わせて確認した。 もうひとつの軸となるのは、ヤン・ポトツキの人生と著作にまつわる問題である。ポトツキはポーランドの大貴族の出身だが、18世紀末から19世紀初頭にかけてフランス語で数多くの著作を発表した。とりわけ彼の残した小説『サラゴサ手稿』、ならびに数々の旅行記は、この時期のフランス人の共属意識を考えるにあたって、有益な視座を提供してくれる。すなわち共属意識というのは国境を越えて醸成されうるものであり、そこには共通する言語、思想、とりわけ青年期に受ける教育が大きな役割を果たすことを確認することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画では、初年度は「東方問題」といった具体的な歴史事象を取り上げ、オスマントルコの弱体に伴い顕在化してきた西洋諸国のさまざまな思惑と、この時代の文学者たちの自他にまつわる意識との関連を考察する予定であった。だが実際に文献を収集・検討していく中で、共属意識に関する問題はフランス・ロマン主義の成立そのものと深く結びついていることがわかった。本研究で扱う文学者たちの共属意識にまつわるさまざまな意識変化は、1820年代より顕現化してくることがすでに判明しているが、それは実はフランス・ロマン主義の黎明期に何人かの文学者たちが行った試行錯誤を踏まえなければ十全にその射程を捕らえきれないということが確認されたのである。それゆえ「東方問題」などに関する研究は次年度以降に回し、初年度にあたる2019年は、主に共属意識が発生する前段階の状況を詳細に検討することとした。これは単に研究計画が遅れたというよりもむしろ、その内容が深化したと言うことができる。 他方で、もうひとつの研究の軸となるヤン・ポトツキにまつわる検討については順調に進行している。彼の代表作品『サラゴサ手稿』はもとより、ポトツキが残したさまざまな旅行記についても、本研究にとって貴重な考察材料となりうることが確認された。また近年のポトツキ研究を牽引している二人の研究者、ローザンヌ大学のフランソワ・ロセ教授とモンプリエ大学のドミニック・トリエール教授と知己を得ることができ、すでに意見交換を始めている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、主に以下のふたつの方向で研究を進めていく予定である。まず19世紀前半の歴史事象から、いくつか本研究に関連するものを取り上げ、それに対して文学者たちがどのような態度を取ったのかを考察する。具体的には、ナポレオンのエジプト遠征、レバノンにおけるドゥルーズ派とマロン派の抗争などが挙げられる。とりわけ後者の問題は意義深く、民族と宗教という指標が、当時のフランスが中東で展開しようとしていた植民地拡大の動きに絡んでいく。この問題については、ラマルチーヌやネルヴァルのテキストが有益な視座を提供してくれるはずである。 もうひとつの方向性として、ポトツキのいくつかの著作の検討が挙げられる。ポトツキ自身、フランス語で思考、執筆するポーランドの知識人という複雑なアイデンティティを持っているため、当時のヨーロッパにおける共属意識のあり方を把握する上で、彼の残した文章は極めて示唆に富むものとなる。また彼の代表作である『サラゴサ手稿』は、キリスト教、イスラーム、ユダヤ教という三つの宗教の起源、あるいはその相互の関わりを筋立ての軸としている。そこに言語、民族、文化といったテーマがさまざまに変奏されながら物語が紡がれていく。換言すれば、このテクストはまさに本研究の核をなすいくつかのテーマを中心に構成されており、この作品を読み解くことは、当時の共属意識の特殊なあり方に光を当てることになるはずである。その他、ポトツキの残した旅行記、とりわけ『トルコ・エジプト紀行』、『モロッコ帝国紀行』、『アストラハン紀行』といったテクストの検討からも、本研究への新たな知見を得ることが期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年2月にマルタ島への出張調査を予定していたが、新型コロナウイルスの影響で出張自体が取りやめになったため。出張は2020年度に延期する。
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