本研究最終年度にあたる2023年は、これまでの研究の統括を行なうと同時に、ヤン・ポトツキ(1761-1815)の残した旅行記を集中的に考察した。具体的には『トルコ・エジプト紀行』(1788)、『モロッコ帝国紀行』(1792)、『アストラハン紀行』(1827、死後刊行)を取り上げ、テキスト分析に加え、ポトツキの残した書簡、伝記等を参照しつつ、「共属意識」、すなわち異なる言語、文化、習慣を持つ民族に対していかなる立場を取りうるかという問題を検討した。また旅行記として残されたわけではないが、1805年にロシア政府が清国に派遣した外交使節団にポトツキが随行した際の記録「中国への使節団に関する報告書」も取り上げ、補足資料として考察を加えた。これらのポトツキの著作に関する研究は、これまで日本国内はもとより、フランスをはじめとしたヨーロッパ諸国でもほとんど見られない。その成果は、岩波書店の『図書』での連載「『サラゴサ手稿』周遊」全4回として公開した。 また2023年7月にイタリア・ローマで開催された国際シンポジウム「18世紀国際研究学会」において、口頭発表を行なった。テーマは「ヤン・ポトツキと東洋言語」についてで、清国への外交使節団に同行した際のポトツキが、「漢字の表意性」というヨーロッパ言語には見られない特質にいかなる関心を示したかという問題を論じた。この口頭発表は、漢字に通じた日本人研究者ならではの貴重な成果と考えうる。 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、本研究は2年の延長を行なった。研究期間の前半では、主にフロベールとマキシム・デュ=カンの著作の比較検討を行ない、後半は軸足をポトツキの著作に移し、彼の小説『サラゴサ手稿』(1810)や、さまざまな旅行記から「共属意識」の表れを見た。
|