研究課題/領域番号 |
19K00480
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
初見 基 日本大学, 文理学部, 教授 (90198771)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 集団の罪 / 負の過去 / グループ実験 / 「罪と否認」 |
研究実績の概要 |
2019年度の研究にあっては,基礎的な資料の収集とそれらの分析が主としてなされたものの,計画にしたがいそれをまとめる段階ではないと判断したため,具体的な論文のかたちで公表することは控えた。 本研究と直接につながる2019年度以前の研究は,1945年のドイツ敗戦前後の「罪」をめぐる諸言説を分析することにあてられていた。2019年度は,第一にこれを継承する作業がつづけられ,第二に,別な研究との係わりもあり,1960-70年代の学生叛乱からテロリズムの席捲にいたる流れのなかで,「戦争の罪」の問題がどのように語られたかに関して,当時の文献を分析する作業がなされた。 上記第一の点に関しては,1945年から49年,占領下で刊行されていた雑誌の収集をつづけ,そこでの「集団の罪」をめぐる各種議論の分析が継続された。また,カトリック,プロテスタントのキリスト教両教会の内での議論についても,資料分析を進めた。とりわけカトリック教会の「牧書」およびその周辺文献を網羅的に集めて読み進める作業に多くの時間を費やした。プロテスタント教会についてはまだ点状での接近にとどまり,体系的なかたちでの研究態勢に入っていない。また,当初の研究計画でも挙げてあったように,1950年代のフランクフルト社会研究所による西ドイツでの「戦争の罪」に関する意識調査および分析である「グループ実験」,とりわけその報告書に収められたアドルノの論考「罪と否認」についての検討を行った。 本研究対象は,「1968年」前後を中心とした社会的・政治的激動との関連にまでは拡張しないことを当初予定していたが,ひとつには前述のフランクフルト社会研究所周辺の哲学者たちの影響関係という文脈で,またもうひとつには本課題とは別の研究との関連という外在的な理由から,2019年度の研究においてあえて着手したものの,それはまだごく初期段階にとどまっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「研究実績の概要」欄に記したとおり,以前からの研究の継続そのものは順調に進んでいると評価できるものであって,事実,この間の成果の一部は学会での口頭発表に反映させることができた。 ただ,ひとつには,単年度で実施できる範囲を超えた拡がりをもつ研究対象に取り組んだこと,もうひとつには時間確保が困難をきわめたという外在的理由により,内容的には充分に公表するに値するものと思われる考察結果を得ながらも,これを論文としてまとめることをまだできていない。 研究対象が拡張してゆくこと自体は,見方によっては研究の進捗がもたらした事態であって,これを必ずしも否定に捉えるべきでない。また,それは基本的な研究方針のうえでなされたことでもあった。そこで研究計画全体を大幅に見直す必要性はまったく感じていない。とはいえ,それがいたずらに拡がることに対しては注意を払い,当初の研究計画に極力則るかたちで,年度毎に一定成果を公表できるような研究態勢で臨むべく,次年度以降是正してゆく。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度以降の研究推進については,微修正はあるものの,ほぼ当初の計画どおりに進めることを予定している。 2020年度にあっては,1945年から49年にかけての占領下での言説への分析に一区切りをつけて,研究の重点を1950年代のフランクフルト社会研究所の調査・分析に充てる。とりわけアドルノの論文「罪と否認」については,先行研究もまだ少ないため,本格的な論考を執筆する準備に入る。 また建国当初のアデナウアー政権による「過去政策」(N.Frei)のもと,〈過去の罪の隠蔽・否認〉の心性が国民間の広範に,それも強く存していた西ドイツで,1950年代半ばより徐々に「克服されざる過去」,そしてそれがやがて「過去の克服」といった言い回しに定着して,「過去の罪」の問題が俎上に載せられてゆく。この経緯の初期段階について,すでに収集された主として雑誌掲載論文などを対象として,分析を進める。 そしてまたそのような思潮と,1959年のアドルノの講演「過去の処理とは何を意味するか」とがいかなる相互関係のうちにあったのか,つまりどのような思潮的地盤からアドルノの言説が生じ,またアドルノの考察がその後の「過去の克服」の議論にどのような影響を与えたのか,これを分析してゆく。 この作業と併行して,敗戦直後から西ドイツ建国までの期間でのキリスト教会を中心とした「過去の罪」をめぐる言説の分析を進める。ただしこの領域は膨大な「裾野」の上に成り立っているため,本研究にあっては,かなりの程度焦点を絞って扱わなくてはならない。本年度にあっては,文献調査を進めることを通じてその「限定」の範囲を見定めるにとどめて,本格的に研究を深めるのは2021年度以降となる。
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次年度使用額が生じた理由 |
ドイツ(ベルリン,ミュンヒェン,フランクフルト・アム・マイン)での文献調査のため海外渡航旅費が計上されていたにもかかわらず,2019年度は急遽所属学科での都合によって海外出張をできる状態でなくなってしまったため,海外での文献調査を断念し,そこで大幅な次年度使用額が生じた。 2020年度にあってはドイツの図書館・文献室・研究所での文献調査を極力計画どおりに実現させる予定であるが,今度は新型コロナウィルスの影響によってその可否は目下のところ見通しがつかない。 もし万が一これがかなわなかった場合には,それをさらに2021年度に回さざるをえない。そしてその場合,研究計画そのものに一定程度修正を加えることもありうる。
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