研究課題/領域番号 |
19K00483
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
瀬戸 直彦 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (30206643)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | トルバドゥール / 抒情詩 / 欠損 / テクストの不在 / 『フラメンカ』 / 物語 / 写本 |
研究実績の概要 |
「巻子本からコーデクスへ」という前回の研究課題は,マルギナリア(写本の余白部分への注や挿絵)についてでしたが,今回の研究対象は,中世南仏の抒情詩人の作品を収録する詩華集のうちで,C,Rという,それぞれ特徴的な写本における「欠損」部分(あるいはN写本の場合のように,付加部分)を検討すると同時に,南フランスにおいて13 世紀後半に記された8000行におよぶ『フラメンカ』という韻文物語の写本を精査し,その「欠損」部を題材に,テクスト内の「不在」の持つ意味を写本の受容という面から実証的にとりあげることにあります。
この物語はカルカッソンヌ市立図書館所蔵の唯一写本にのみ伝えられてい ます。昨年度に発表した論文では,冒頭と巻末を欠いているこの写本のマテリアルな側面。とくに伝承過程 における,途中の脱落と一部の抹消部分に注目しました。 トルバドゥールの写本研究の過程で,『フラメンカ』という長編物語にも目を向けることになったわけですが,この物語は,南仏のトルバドゥールたちのうた う既婚の貴婦人(ダーム)への恋愛詩を物語化したものという視点にたてば,これは今後の研究課題である中世抒情詩写本の欠損部分の研究に展開する絶好の対象とみなすことでできます。
これに関連する問題として,複数の写本における,同一作品のロングヴァージョンとショートヴァージョンの比較を試みました。具体的には,マルカブリュという12世紀の難解な詩人の「友人たちよ ここに二つの考えがある」で始まる作品を検討しました。IK写本とA写本により伝承されていますが,後者は1詩節少ないのです。いわば,その詩節が「不在」なのです。従来の校訂では,IK写本のテクストが底本とされてきました。私は,ショートヴァージョンの存在意義を認めて,このA写本における「欠損」の意味を,いわば肯定的にとらえようとしました。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年7月に,この本研究課題にかかわる発表(マルカブリュの作品について)を,AIEO(国際オック語オック語文学研究学会)の第12回研究集会(イタリアのトリノ大学)において発表する予定であった。しかしながら,Covid 19 (コロナウィルス)蔓延のため,今年度は中止となり,来年の同時期に開催されることとなった。
そこでこれを奇貨として,テクストの不在と,欠損の問題をより広い次元から,『フラメンカ』に関連させての発表に発展させていきたいと考えている。トルバドゥールの作品解釈と校訂の問題と,韻文の長編物語としてのこの作品をいかに結びつけるかは今後の課題としたい。
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今後の研究の推進方策 |
マルカブリュの作品におけるショートヴァージョンの存在の意味(意義)をさらに考究したい。トルバドゥールの詩作品は,とくにマルカブリュのような,おそらくカフェコンセールで歌っていたような詩人の場合は,パーフォーマンス性を考慮せざるを得ない。
そのような,この時期(11世紀から13世紀)の抒情詩の特徴と,長編の韻文物語『フラメンカ』におけるテクストの欠損・不在とは同列に論ずることはできないだろう。ただ,この物語の終わり近くで,夫(アルシャンボー伯)がヒロインであるフラメンカにたいして,その恋人ギヨームからのラブレターを,それと知らずに朗読してやる場面がある。肝心のその手紙の本文が写本から剥ぎ取られている事実はたいへんに興味ぶかい。
写本の成立以後の,テクストの受容という側面から,いかにしてこの問題を論じていくかが今後の研究の推進方策である。
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