研究課題/領域番号 |
19K00484
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
坂庭 淳史 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (80329044)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ロシア哲学 / プーシキン / チャアダーエフ |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、ロシアの文学者や思想家たちによって19世紀全体を通して形成された「全一性」概念を主な研究対象とし、哲学、宗教、歴史、政治、教育などの観点からその組成を総合的に分析することである。この研究目的に基づいて執筆した論文1件について記述する。 貝澤哉、杉浦秀一、下里俊行『〈超越性〉と〈生〉との接続』(水声社、2022年3月刊行)に収録された論文:坂庭淳史「プーシキンから見たチャアダーエフ――『エヴゲーニー・オネーギン』における感情の交錯」では、19世紀ロシアにおける「全一性」概念の形成の始まりであるピョートル・チャアダーエフと、彼の薫陶をうけたアレクサンドル・プーシキンの関係の変化および現実に対する態度の二人の乖離が、プーシキンの代表作『エヴゲーニー・オネーギン』の中に反映されていることを明らかにした。これはチャアダーエフが推進したカトリック保守思想に基づく世界観と、現実をリアルにとらえる国民作家プーシキン――ロシア文化の二つの方向性を示す作業である。本研究では以降、この二つの方向性を再統一しようとするフョードル・チュッチェフやウラジーミル・ソロヴィヨフの詩、思想に今回の研究成果を接続する。なお、この論文は2021年度の国際学会発表:坂庭淳史「プーシキンとチャアダーエフ:なぜ詩人はオネーギンを「第二のチャアダーエフ」と呼んだのか?(Пушкин и Чаадаев: почему поэт назвал Онегина"вторым Чаадаевым"?)」(第10回国際中欧・東欧研究協議世界バーチャル大会、2021年8月4日)に基づいている。また「全一性」研究に関連する論文:坂庭淳史「タルコフスキーとドストエフスキーの対話:『サクリファイス』と『白痴』」が、井桁貞義、伊東一郎編著『ドストエフスキーとの対話』(水声社、2021年11月)に収録された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、大きく以下の2点を研究上の達成目標とした:①「全一性」概念の形成過程における「文学と思想の接点」についてより具体的に考察すること ②「カトリック思想とカトリック教会の在り方」に関して、対象を絞り込み、文献の収集を進めること。 しかし、2020年度に続き新型コロナ感染症の影響により2点とも準備作業は進展しているものの、十分な成果を挙げられなかった。以下、それぞれの点の進捗状況を記す。 ①については「研究実績の概要」で記したように、思想家チャアダーエフと国民作家プーシキンの思想の交錯について、プーシキンの韻文小説『エヴゲーニー・オネーギン』において考察し、第10回ICCEES(中東欧研究協議会)世界大会において発表、論文化も行った。しかし、さらに論文執筆予定であった「思想家・詩人チュッチェフとスラヴ派思想」に関しては、国外での資料調査などが十分にできなかったこともあり、必要最低限の資料収集にとどまっている。このテーマについては、2022年度中に学会発表(サンクト・ペテルブルク大学でのカンファレンスへエントリー予定)、あるいは論文執筆のかたちで成果を示す。②については、ロシアでの資料文献収集作業を行えてないために大きな進捗はないものの、このテーマにおいてキーとなる存在であり、また先行研究では十分に注目されてきていないイヴァン・ガガーリンを主要な考察対象としていくという方向性は確定できた。ガガーリンは、チュッチェフのミュンヘン大使館勤務時代の友人でもあり、またチャアダーエフから強い思想的影響をうけ、のちに改宗してイエズス会士となった。2021年度の資料収集で、ガガーリンに関する専門的な研究書でもあるエカテリーナ・ツィムバエヴァ『ロシアのカトリック:19世紀ロシアにおける全ヨーロッパ統一の思想』(2015)が、本研究が依拠すべき重要な先行研究であることが判明した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでコロナ感染症の影響で本研究の資料調査はかなり滞っていた。さらに2022年2月からのロシア軍におけるウクライナ侵攻を受けて、コロナ感染症の流行が収束したとしてもロシアでの資料調査はきわめて困難と思われる。そこで、2022年度中にフィンランド、ヘルシンキ大学図書館への資料調査出張を予定している。ヘルシンキ大学図書館にはこれまでにも出張経験があるが、この図書館はモスクワやサンクト・ペテルブルクのロシア国立図書館には及ばないものの、19世紀ロシアの雑誌・著作の蔵書については充実している。また、モスクワ郊外にあるチュッチェフ博物館、およびサンクトペテルブルク大学のロシア思想研究者とはこまめに連絡を取りながら、資料や意見の提供を求めていく。 前項に記した2点の研究上の達成目標について2022年度の推進方策を記す。①についてはイヴァン・ガガーリンに関する文献収集と調査を通して、「ロシアにおけるカトリック」という視点をふまえ、あらためて「全一性」概念の形成について考察していく。②については、チュッチェフとその娘婿であり、後期スラヴ派の代表的論客、チュッチェフについての評伝著者でもあるイヴァン・アクサーコフとの意見のやり取りを詳細に検討し、さらにチュッチェフと同時代のスラヴ派イヴァン・キレーエフスキーと、アレクセイ・ホミャコーフとの思想(とりわけジョゼフ・ド・メーストルのカトリック保守思想に対する理解・態度の違い)に注目しながら、「チュッチェフとスラヴ派」をテーマとする論文を執筆する。 最後に、本研究の最終年度の総合的考察としてこれまでの研究成果をまとめる。おもにチャアダーエフ、チュッチェフ、ドストエフスキー、ソロヴィヨフの19世紀ロシアの4人の思想家・文学者の思想のつながりと、発展を総括し、ロシア独自の「全一性」概念の形成について発表、あるいは論文を執筆する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
ロシア国立図書館、大学図書館(モスクワ、サンクト・ペテルブルク)での資料調査を予定していたが、新型コロナ感染症の影響のため出張できず、支出予定の渡航・宿泊費用を使用することがなかった。 また、業績欄に記入した国際学会発表1件は、本来はカナダ・モントリオールで開催される予定であり、渡航・宿泊費用の支出予定していた。しかし、新型コロナ感染症の影響のため学会はオンラインでの開催となり、渡航・宿泊費用を使用することがなかった。 今年度については、ヘルシンキ大学(フィンランド)での資料調査のための渡航・宿泊費用、出張図書購入、PC購入を予定している。
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