本研究は、19世紀ロシアの思想・文学全体を通して形成された「全一性」概念を対象とし、哲学、宗教、歴史などの観点からその組成を総合的に分析することを目的とする。まず最終年度(令和4年度)の活動について記し、最後に研究の総括と今後の課題について触れる。 論文「19 世紀ロシアのカトリック」(『ロシア文化研究』30号、2023年3月)では、ロシア人最初のイエズス会士となったイヴァン・ガガーリン(1814-1882)に注目した。名門貴族の子弟である彼は、市民権や財産を失ってさえもカトリックに改宗し、さらにイエズス会士となった。そして、東西教会の再統合を目指しつつ、キリスト教のあり方をめぐって、国外・ロシア人カトリックという立場から主にスラヴ派思想家たちと論戦を繰り広げた。正教に対する彼の言説はロシア国内の思想に大きな影響を及ぼした。中でも「全一性」概念のルーツでもあるスラヴ派ホミャコーフのソボールノスチ概念が、ガガーリンの言論への反応の中で明示されたことを指摘した。また、2月にはヘルシンキ大学図書館で雑誌記事収集を行った。3月にはポーランドより、20世紀ロシアの思想家フランクの代表的研究者オボレーヴィチ氏を招聘して講演会、研究発表会を開催した。8日間の短い滞在の間に、フランクの「全一性」概念と19世紀ロシア思想の接続について確認し、また今後の共同研究の可能性に関して意見交換を行った。 本研究を総括すれば、19世紀ロシアの「全一性」概念の形成過程において1)「文学と思想」の接点(プーシキンとチャアダーエフ、チュッチェフとソロヴィヨフ)を明快に示したこと 2)カトリック思想の影響を具体的に提示したこと の2点が主な成果となる。 今後の発展的研究の課題となるのは、カトリックとロシア思想(とりわけ、「全一性」概念を体系的に示したソロヴィヨフ、およびスラヴ派思想家サマーリン)の関係の検討である。
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