本研究は第二次世界大戦とその前後を含む期間において、知識人、特に科学者が戦争にどのように対峙したのかを明らかにするとともに、彼らのなかに「反文明的思考」と呼びうる思想的傾向(オカルティズム・秘教・魔術・神秘主義などへの関心)を持つ者がいることに着目し、科学的精神とこの反文明的思想との関係がいかなるものか、また彼らの思想に戦争が影響を与えたかどうかを検証するものである。 前年度はシュルレアリスムに参加しつつ医師として活躍したピエール・マビーユを取り上げることで、大戦間期においてフランスで活発になったホーリズム医学者たちの存在に気づいた。さらに政治的立場において、アレクシス・カレルやニコラ・ペンデなど、この医学ホーリズムに関係のある科学者たちの多くがファシズム政権と親和性があるにもかかわらず、マビーユは数少ない反ファシズム・左翼のホーリズム医学者とみなしうることがわかった。 このような成果を踏まえ、本年度はマビーユの『リジューのテレーズ』(1936)という作品を分析した。この作品はスペイン内戦やファシズムの台頭期に執筆されており、医学者としてのマビーユの思想や政治的傾向をよく表している。分析を通じて、カトリックが勢力拡大のためにテレーズを神話化し、ファシズムにまで協力したことへの抗議として、マビーユは作品で聖テレーズを脱聖化し、「滅びゆく西洋文明の象徴」という対抗神話を提示していることを明らかにした。またテレーズを患者として分析するマビーユの知識が当時の医学的流行に少なからず影響を受けていることも示すことができた。さらに執筆当時のマビーユの政治的活動や傾向を調査する過程で、「共同戦線」や、ネオソシアリストであるP・エステーブが設立したマキシミスムという左派系政治的小グループ、またカトリック左派『エスプリ』の執筆者とマビーユとの関係が重要なものであることを再確認した。
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