最終年度にあたる令和5年度は、第一次世界大戦後にモーリス・バレス(1862-1923)が提案したストラスブールにジャンヌ・ダルク像を建てるという構想に着目し、この構想の背景を検討した。バレスはヴェルサイユ条約によって非武装化されたラインラントをフランスに文化的・精神的に統合することを目指したが、その統合のシンボルとしてバレスが持ち出したのがジャンヌ・ダルクであった。おもにバレスの『ライン河の精髄』(1921)を取り上げて、彼が構想したジャンヌ・ダルク像の意義を検討し、この作家における政治とモニュメントの関係性を明らかにした。そして、その成果として、2024年3月に開催されたプロジェクト人魚第70回公開研究会で「モーリス・バレスとラインラント問題:ストラスブールのジャンヌ・ダルク像をめぐって」と題する発表を行った。 本研究では、バレスの著作を時代順に取り上げ、それらの作品におけるモニュメントの表象について検討した。1年目は『デラシネ』(1897)を研究対象として、パリのパンテオンの表象を検討し、2年目は『兵士への呼びかけ』(1900)に登場する普仏戦争の戦没者記念碑などのモニュメントの物語的・イデオロギー的機能について分析した。3年目は、『霊感の丘』(1913)を取り上げ、この小説における宗教的なモニュメントの表象を検討した。4年目と5年目は第一次世界大戦以後の著作を対象とし、バレスのジャンヌ・ダルク受容を検討したうえで、この作家が構想したストラスブールのジャンヌ・ダルク像の背景と意義について考察した。研究期間全体を通じて、バレスの作品に登場するモニュメントは、政治的・イデオロギー的な意味を有するとともに、モニュメントを目にした登場人物の想像力を喚起し、その感性や思想に影響を与えるという点で文学作品のような機能があること、つまり、バレスの小説においてモニュメントは政治と文学の結節点であることを明らかにした。
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