研究課題/領域番号 |
19K00498
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
岡本 真理 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (10283839)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ハンガリー文学 / 近代ハンガリー / コストラーニ・デジェー |
研究実績の概要 |
コストラーニ・デジェーとチャート・ゲーザというハンガリー近代が生んだ二人の作家が青春時代を過ごした世紀転換期のサバトカという都市に焦点を当て、この小都市が彼らの作家としての出発点にどのような影響を与えたのかについて考察した。コストラーニがその作品群で故郷の町をどのように描写しているのかを調べ、さらにこの町が作家にとってどのような役割を果たしたのかを、町の歴史と先行研究における作家の青春時代の記録から検証した。 コストラーニ作品の中でしばしば皮肉を込めて「大平原の閉鎖的な田舎町」として描いた故郷の町は、実のところ、「閉ざされた、しかし高度な創造性をもった文化的小宇宙」となって、若き詩人たちを育くむ場所となったことがわかった。親や兄弟、従兄弟との強い絆を核とし、それを包むように級友たちや家族ぐるみの濃密な交流が縦横に織りなされ、さらに時代の最先端の建築様式を誇るサバトカの町並みがその「文化的小宇宙」を包み込んでいたという構図が浮かび上がった。 結論として、コストラーニが描写する主観的な風景と、実際にこの町が彼に与えた影響の間には、少なからぬ乖離があったことが明らかとなった。コストラーニが「閉塞的な片田舎」として自身の作品に繰り返し登場させたこの町が、実のところは閉塞性や後進性と同時に緊密で高度な文化性を持っており、この相反する二面性をもって作家の成長期に大きな影響を与えたといえる。1920年のトリアノンによる国土分断の後には、サバトカは作家にとって簡単に戻ることのできない愛すべき故郷と変化した。この時代のハンガリー人作家の多くと同じように、国家の変容が自らの言語・文学・民族への意識の根幹に影響をもたらしたケースの一つといえる。 研究成果は、論文「大平原の小さな文化都市ー作家コストラーニと世紀転換期のサバトカ」『ハンガリー研究』創刊号(2021年3月)として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、国民国家の形成期(成長期・統合期)において、そして国民国家の存続の危機(解体期・離散期)において、文学が希求する表象は何か、どのような主体がどのような方法でその表象を創造するのか、を19~20世紀初頭のハンガリーの文学を事例として明らかにしようとするものである。近代ハンガリーという個別事例を研究対象として具体的に明らかにすることを目標としている。ハンガリーはヨーロッパのなかで東方の後進的地域に位置し、近代の一世紀余りのタイムスパンのあいだに支配者と被支配者の立場、そして国民統合と国民分断の両方を経験したという特殊性を持っている。このようなハンガリーを研究の対象にすることによって、一つにはハンガリー文学という個別事例の具体的な様相を明らかにし、他方で国家変容のさまざまな段階、すなわち国民国家の形成期(国民的統合・拡大期)および国民国家の存続の危機(解体・分断期)において、国家変容が文学にどう影響を及ぼし、どのような文学的表象が現れ、カノン形成がなされるかという普遍的な問いにたいして、より広い観点で一般的な知見を得ようとするものである。 20世紀初頭のハンガリー文学界で存在感を放ち、その作品群が影響力をもったコストラーニ・デジェーの少年期から青年期と故郷サバトカの表象をめぐる考察を行ったことで、彼の作品における故郷の表象の変化が、国家の分断という変容と切っても切れない関係にあり、また同じく作家であった従兄弟のチャート・ゲーザとの関係やその生涯も深く影響を及ぼしていることが明らかとなった。 本研究はハンガリー近代全般の国家変容と文学的表象を課題とする中で、今年度に関しては後半、すなわち19世紀末から20世紀初頭の文学的状況の具体的事例研究と位置づけた。
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今後の研究の推進方策 |
近代ハンガリー文学において、受け手が求めるものは、市民社会の成長とともに、王侯貴族などを扱った歴史的テーマから、同時代の素朴な民衆世界をイメージした、より身近で軽快なテーマへと変わっていく。そして、1848年市民革命期には、民衆主義志向が民族解放や自由主義・民主主義といった政治的理念と結びつき、新たな英雄像を生み出していった。国民形成と文学活動における「民衆」イメージは強く結びついてきたといえる。 今後の研究では、近代前半のハンガリーにおいて民話や民謡の収集を推進した個人および団体についてかれらの活動の詳細を明らかにし、成果としてあらわれた作品群の特徴がどう変遷していったのかを調べる。その背景となる社会の変容に焦点を当てることで、国家の変容と民衆という表象がカノン化されていく過程の関係性を明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
世界的なコロナウィルス感染拡大により、参加を予定していた国際学会が延期となり、また外国出張による研究活動もすべて延期せざるをえなくなった。そのため、予定していた費用を支出することができなかった。今年度は、可能であれば海外渡航旅費として支出し、ハンガリーでの研究活動を実現させたいと考えている。
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