研究課題/領域番号 |
19K00498
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
岡本 真理 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (10283839)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ハンガリー文学 / 近代ハンガリー / ペテーフィ・シャーンドル |
研究実績の概要 |
本研究課題は、国民国家の形成期(成長期・統合期)および国民国家の存続の危機(解体期・離散期)において、文学が求める表象は何か、どのような主体がどのような方法でその表象を創造するのかについて、19~20世紀初頭のハンガリーの文学を事例として明らかにしようとするものである。いわゆる「長い近代」におけるハンガリーは、多くの政治的社会的変化を経ながら、ハンガリーという国家形成・ハンガリー人という国民形成を複雑な形でおこなってきた。 近代初期はハプスブルク君主国のなかの被支配民族として、西欧の思想的刺激を受けながら言語を中心とした文化的ナショナリズムを醸成した時代であった。1848年の前後に位置づけられる近代中期においては、市民社会の成長とともに民族独立が政治的課題として急速に浮上し、文学においてもまた、詩・演劇を中心に数多くのハンガリー語による作品が現れ、都市の市民層を中心にその思想に大きな影響を与えた。詩人ペテーフィ・シャーンドルが生き、創作したのはまさにそのようなハンガリーであった。 彼の作品と人生がハンガリー社会に与えた影響は絶大であり、それが今日まで国民的詩人としての彼の地位をゆるぎないものにしている。民話や民謡を語るかのような質朴な語り口や言葉遣い、ロマン派らしい情熱的な恋愛詩、「ハンガリー人よ起ち上がれ」と鼓舞する数々の革命詩そして民族の独立を呼びかけ革命と戦争に身を投じた生涯について、「民族運動の英雄たち―ペテーフィ」『中欧・東欧文化事典』(丸善出版,64-65)に紹介した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題では、近代ハンガリーという個別事例を研究対象として具体的に明らかにすることをテーマに取り組んできた。ハンガリーはヨーロッパのなかで東方の後進的地域に位置し、近代の一世紀余りのタイムスパンのあいだに支配者と被支配者の立場、そして国民統合と国民分断の両方を経験したという特殊性を持っている。このようなハンガリーを研究の対象にすることによって、一つにはハンガリー文学という個別事例の具体的な様相を明らかにし、他方で国家変容のさまざまな段階、すなわち国民国家の形成期(国民的統合・拡大期)および国民国家の存続の危機(解体・分断期)において、国家変容が文学にどう影響を及ぼし、どのような文学的表象が現れ、カノン形成がなされるかという普遍的な問いにたいして、より広い観点で一般的な知見を得ようとするものである。 これまでコストラーニやペテーフィなど、近代のなかの異なる時代の作家・詩人に焦点を当て、ハンガリー社会の諸相と作家が対峙した課題について考察を進めてきた。しかし、近代を初期・中期・後期を通じてより俯瞰的にとらえ、個々の作家や作品だけでなく、市民社会の変容と知識人コミュニティの活動の諸相を明らかにするにはまだ課題が多くある。昨年度に引き続き、本年度も新型コロナウィルスのためハンガリーでの資料収集を行うことはできず、学会等での研究者との交流・意見交換などもなかった。今後はふたたび国外での研究活動が可能になることを見据えて、出来るところから研究を進めていきたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
近代ハンガリー語の発展・ハンガリー文学の創作と並行して重要性を持っていたのが、口承文芸であるハンガリー民謡の収集活動である。本研究では、19世紀なかばのハンガリーにおいて民謡収集を行った2人の代表的人物エルデーイとクリザ(Erdelyi Janos (1814-1868), Kriza Janos (1811-1875) )について、その活動内容と目的を明らかにする。 Erdelyi Janosはハンガリー全国を対象に3巻ものの『民謡と民話集』(Nepdalok es Mondak I-III. 1846-48)を出版し、Kriza Janosは『野ばら』(Vadrozsak ,1862)でセーケイ地方で収集した 588の詩、 13編の民話と方言語彙集を発表した。2人の民謡収集の構想や社会への協力呼びかけを始めたのは1840年代前半と同時期であったが、その時点で2人の活動の間には相関関係はなかった。 本研究では、エルデーイとクリザが遺した民謡集の目的・内容・表記法などにどのような共通点と相違点があるかを明らかにすることで、それぞれの背景にある口承文芸および国民文学への考え方を考察したい。おもに、ハンガリー語文学の発展を目的とするのか、または 民俗学的収集と忠実な記録を目的とするのか、民謡と流行歌をどこまで区別するのかしないのか、収集する地方を限定するのか、全国に及ぶのか、そして表記法として当時確立されつつあった正書法の扱い、また方言特有の表記をどうするのか、などからあらわれる両者の思想を分析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該助成金の使途の多くが、外国における資料収集と研究発表を予定していたが、2020年度にひき続き、2021年度もまた新型コロナウィルスの感染拡大によって、渡航が不可能になったために、繰り越しを余儀なくされた。 現在の事態が収束し、外国(本研究課題については、おもにハンガリー)への渡航と現地での研究活動再開の見通しが立てば、2022年のうちには本来の目的を達成できるよう、周到に計画を準備しているのが現状である。
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