研究課題/領域番号 |
19K00502
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研究機関 | 東京都立大学 |
研究代表者 |
藤原 真実 東京都立大学, 人文科学研究科, 教授 (10244401)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ロベール・シャール / 計量分析 / 18世紀フランス文学 / 哲学的地下文書 / 作者性 / 理神論 / 美女と野獣 / テクスト相互関係性 |
研究実績の概要 |
今年度は次の3点から研究を進めた。 ①計量分析による哲学的地下文書の筆者同定─計量文献学の専門家フランチェスカ・フロンティーニの協力の下、分析対象とする地下文書の電子テクストを、筆者が同定されていないもの、推定されているもの、判明しているものに分類し、それらを計量分析に適した形式にした上で、クラスター分析し、『宗教についての異議』のテクストと比較する作業を開始したが、いくつかの困難な問題に直面し、作業は中断してる。 ②複数の筆者による地下文書の改編─ロベール・シャール作とされる哲学的地下文書『宗教についての異議』が複数の写本を経てネジョンとドルバックの『軍人哲学者』へと書き変えられる過程でテクストに加えられた変更を分析し、新たな知見を国際学会で口頭発表した。『軍人哲学者』が『異議』の理神論を無神論に変更したことは従来も指摘されてきたが、テクストの異同を具体的に精査した研究は十分行われてこなかった。本発表は、『軍人哲学者』が理神論の外観を維持しつつ、きわめて微妙な仕方で無神論的見解をテクストに混入したこと、複数の加筆者がテクストに侵入し、前説を削除せずに異文を加え、テクスト内に対話的構造を作り出していること明らかにした。 ②妖精物語群と間テクスト(系列)性─オリジナル版『美女と野獣』(1740)における庭園や建物、照明や花火、植物や動物などの背景の記述を分析した結果、同作品が、17世紀後期に執筆されたマドレーヌ・ド・スキュデリーの『ヴェルサイユ散策』や修史官アンドレ・フェリビアンによるヴェルサイユを記述した複数のテクストと系列的関係にあることを突き止め、中間報告としての成果を『人文学報』に発表した。今後は上記のテクストに対して系列的アプローチを用いてさらに分析を進める予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の中でも特に地下文書の計量分析の作業において、複数の困難に直面し、作業が遅れている。理由としては、分析で用いる電子テクストの元である印刷本の多くが、オリジナルの地下文書が用いている17-18世紀の旧綴り字法を近代の綴り字法に直してしまっているために、そのままでは分析や比較ができないこと、地下文書の電子テクストのプラットフォームPhilosophie cl@andestineが提供する電子テクストのほとんどに本文以外の様々な要素(本文以外のテクスト、ページ番号、註など)が混入しており、テクストの「浄化」に時間と労力がかかること、さらには、最近の文体分析研究(F.Cafiero, J.-B.Camp, "La naissance du style : auteur vs genre aux XVIIe et XIXe siecles")が明らかにしているように、19世紀以前のフランス語の計量分析で検出されるのはジャンル毎の文体であり筆者毎の文体を検出するのは非常に難しいことなどである。この困難を乗り越えるために新たな分析方法を試行錯誤している。
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今後の研究の推進方策 |
地下文書の計量分析に関しては、最終年度にフランチェスカ・フロンティーニを招聘して、計量分析の共同研究を進めて結果を報告する後援会の開催を予定していたが、上記の理由により思うように研究が進まず、またコロナ禍の影響もあり、招聘や講演会の開催の計画が立てられない状況である。今後も作業を続けていくが、期間内に具体的な成果を出すところまで到達するのは困難と思われる。 その一方で、計量分析によらない、複数の書き手による哲学的地下文書の改変の分析については、『宗教についての異議』の複数の写本と『軍人哲学者』について、テクストの比較検討を続けることで、これまでに得られた知見をさらに補強し発展させる。 17-18世紀の学術的刊行物の複数の筆者による改変に関しては、今後はフュルチエールの『万有辞典』がバナージュ版、トレヴー版へと改変される過程で各版の間に生じた宗教的論争を抽出し、複数の筆者間の対話と論争が一つの生きた作品を構築してゆく過程を明らかにする。 さらに17-18世紀の物語文学についても同様の方法で研究を推進し、最終的には、この時代のテクストが有していた可塑性と、そうしたテクストの生成に自由に参加することができた書き手たちのありようを示すことで、19世紀に定着した作品と作者の概念とは異なるエクリチュールのあり方を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍のため、予定していたフランスでの研究活動が行えなかったため。2022年度には、状況が許せば、改めてフランスでの活動を再開する。
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