研究課題/領域番号 |
19K00506
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
望月 ゆか 武蔵大学, 人文学部, 教授 (30350226)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ジャンセニスム / 頻繁な聖体拝領 / サン・シラン / アルノー / ヴァンセンヌ城 |
研究実績の概要 |
『頻繁な聖体拝領』は、ジャンセニスト歴史記述によれば、若きアルノーが1641年に数ヶ月で一気呵成に書き上げられた作品である。20世紀後半の泰斗オルシバルは、ヴァンセンヌに囚われの身だった師サン・シランが書簡や文書により構想段階で関わっていたことを明らかにしたが、執筆時期についてはほぼ定説通りで一枚岩の作品であるとみなした。研究代表者は、オルシバルが根拠とする書簡には、写本作者による年代推定に多くの誤りがあることを発見し、実際には『頻繁』の執筆期間は2年半にわたり、大きな方針変更が二度あったと推定する。 2019年度は、書簡執筆年代の確定作業の一環として、ヴァンセンヌ城における居室の同定を行ったところ、過酷な扱いを受けていたという伝記と異なり、1641年夏以降はルイ13世即位後に建て直された王の館の一階の第二寝室(二階の本寝室の直下)が与えられていたことを突き止めた。またそれを伏せた伝記作者の論争上の意図についても考察し、ヴァンセンヌ城の居室に関する沈黙が結果的に写本作者の誤った書簡年代配列につながっていくのではないかという新たな仮説にたどり着いた。 ところが、建築史家の最新の研究によれば、ルイ13世の館は三度目の構想の末建てられたもので、二階から成り、王の階は一階部分のみである。この仮説は、研究代表者が検討した1641~43年のヴァンセンヌ城管理記録書簡と矛盾する。そこで2020年度は、居室仮説を確実にすべく、仏国立文書館所蔵の1610~17年の建築入札に関する手稿文書13点を入手し、検討した。その結果、王の館は四度目の構想に基づく三階構造で、一階と二階部分が王家専用の階であったことを確認し、仮説の裏付けを得た。17世紀ヴァンセンヌ城建築史上の新たな知見を得るとともに、サン・シラン書簡年代再検討と『頻繁』の生成に関する研究を確実に進めるための条件が整った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2020年度はコロナ禍でのリモート授業移行による多大な教育・業務負担があったことで研究時間そのものが十分に確保できなかった。また、本来は2020年3月のフランス出張で入手する予定だった国立文書館の建築入札手稿文書が、2020年秋になってようやく入手できたこと、また追加文書の入手が先方の都合で2021年2月になったこと、さらに17世紀初頭の建築関連手稿文書の検討にあたり、手稿解読の独学が必要だったことも加わり、研究進展が大きく遅れた。手元の文書のみで仮説の裏付けとしては十分とみなすこともできたが、この部分の成果はジャンセニスムだけでなく、専門外の建築史にもまたがるため、フランスの17世紀研究雑誌 Dix-septieme siecleに投稿予定である。そのため、入手可能な古文書にはすべて目を通し、成果を確実にする必要があった。ただ、今年度は残念ながら本論文の脱稿までには至らなかった。 全体として、研究申請時に想定しなかった入り口の部分に時間がかかっているが、サン・シラン書簡や『頻繁』の年代執筆再検討は他に扱っている研究者はおらず、ある意味、何を主張してもある程度通ってしまうという危険もはらんでいるので、客観的に詰められる部分は徹底的に詰め、国際的に価値をもつ決定的研究にしたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
研究課題の最終目標は、『頻繁な聖体拝領』生成を主軸としたフランス語単著を完成することであったが、サン・シラン書簡写本のうち、日付欠落の18通、年のみの3通、年月のみの7通、計28通を中心に、批判校訂作業を完成すること、および『頻繁な聖体拝領』生成に関する主論文を発表することに変更する。 2021年度については、早期に「ヴァンセンヌ城におけるサン・シランの牢獄」と題するフランス語論文を完成し、Dix-septieme siecleに投稿する。その後、書簡の1640~1641年分に関する校訂作業を行いながら、『頻繁な聖体拝領』の実際の生成過程と同時期の論争との関連を考察する。また、『頻繁な聖体拝領』を17世紀後半のポール・ロワイヤル派出版物戦略の嚆矢としても位置づけられないか、という長期的・大局的視点も加味する予定である。 コロナ禍が収束した場合、2022年3月にフランス出張を実施し、必要な文献収集を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度はコロナ禍によりフランス出張調査が行えず、未使用額が生じた。次年度請求額と合わせ、2021年度以降の現地調査として、実施できない場合は資料購入費の一部として使用する予定である。
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