研究課題/領域番号 |
19K00506
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
望月 ゆか 武蔵大学, 人文学部, 教授 (30350226)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ジャンセニスム / サン・シラン / アルノー / 頻繁な聖体拝領 |
研究実績の概要 |
『頻繁な聖体拝領』は、ジャンセニスト歴史記述によれば、若きアルノーが1641年に数ヶ月で一気呵成に書き上げた作品であり、それは今なお定説とされている。オルシバルが指摘している通り、サン・シランの書簡は『頻繁な聖体拝領』生成の大きな鍵となるが、研究代表者は、写本作者による書簡の年代推定に多くの誤りがあることを発見し、そこから実際には『頻繁』の執筆期間は2年半にわたり、大きな方針変更が二度あったと推定している。 第一の軌道修正についてはサン・シランとアルノーの書簡の内容から、1641年9月と仮説を立ててきた。ヴァンセンヌ城で囚われの身だったサン・シランが1641年夏、王の第二寝室に移り、監視の目を盗んだ執筆が容易になったことを2020年度に明らかにしたが、この事実も本仮説を補強する。しかし、書簡からは、新たな戦略への移行について暗示的表現以上の証左を見いだすことができずにいた。そこで、2021年度は、書簡をいったん離れ、サン・シランの覚書をまとめた『改悛論』(オルシバルにより1962年に批判校訂版が初公刊)を分析し、その生成と構成について、とくに編者が『頻繁』とは無関係とした「完全痛悔」のテーマに焦点を当てて考察することとした。 『改悛論』は (a) 完全痛悔について沈黙、(b) 完全痛悔の積極的必要性、(3) 完全痛悔は改悛を滅ぼした(サン・シランの最終的持論とは表面的に矛盾)の三段階で展開されたものと考えられる。書簡との照合も交えてさらに検討した結果、最終的に五段階の層が立ち現れた。その第五層(1641年9月)が『頻繁』の戦略変更と思想的・時期的に一致し、(3) 表面的矛盾も戦略的意味をもつ。以上は、『頻繁』が当初の純粋な改悛論から、隠れた完全痛悔擁護論へと論点が複線化され、まったく新たな著作へと脱皮したという研究代表者の仮説を裏付けるきわめて有力な証左となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2021年度は、フランスの17世紀研究雑誌 Dix-septieme siecle に、ルイ13世時代のヴァンセンヌ城改修とサン・シランの住居に関する発見を投稿予定であったが、コロナ禍のためフランスにおける古文書の最終確認を依然行えていないため、論文は完成できなかった。 パスカル『小品と手紙』(塩川徹也訳、岩波文庫、2022年刊行予定)全体の翻訳と註解への協力に思いがけず時間がかかったこともある。この作業で多くの知見が得られたが、とくに本科研費研究との関連では、隠蔽された論争的主題という点から1660年代までのポール・ロワイヤルにおける主要著作に注目し、サン・シランとパスカルの共通点が確認できた。これは『頻繁な聖体拝領』の生成研究をポール・ロワイヤル史全体に位置づけるための巨視的視点となりうる。しかし、上記は論点の確認にとどまり、論文作成には至っていない。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の当初の主要な目的は、『頻繁な聖体拝領』の軌道修正の時期について確実な証左を発見することであり、そのためにサン・シラン書簡のうち、日付欠落や年号・年月記載のみの書簡について全般的な批判校訂作業を行うことを計画していた。しかし、2021年度に『改悛論』から有力な証左が得られたため、今後は『頻繁な聖体拝領』の軌道修正の時期、とくに第一期(1641年9月)に至る具体的な過程を、伝記的調査とともに明らかにすることに重点を移したい。 2022年度夏は、フランスでの現地調査を計画している。ヴァンセンヌ城に関わる古文書の最終確認を終え、Dix-septieme siecle への投稿、すでに見通しの立っているサン・シラン『改悛論』の生成と構成についての論文を執筆する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度はコロナ禍によりフランス出張調査が行えず、未使用額が生じた。次年度請求額と合わせ、2022年度以降の現地調査として、実施できない場合は資料購入費の一部として使用する予定である。
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