研究課題/領域番号 |
19K00506
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
望月 ゆか 武蔵大学, 人文学部, 教授 (30350226)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | サン・シラン / アルノー / ポール・ロワイヤル / パスカル / ジャンセニスム |
研究実績の概要 |
ヴァンセンヌ城に囚われていたサン・シランの待遇は1641年7月から改善され、彼の最後の牢獄はルイ13世の王館内の旧女王用の寝室(当時は王の補助寝室)であったことを2022年度までに突き止めた。イエズス会が自分たちに不利なこの情報を隠蔽したのは当然だが、ポール・ロワイヤルの歴史記述も沈黙を守ったのは、サン・シランが著作可能な状況にあったことが公になれば、「サン・シランの格率」というパンフレットで危険思想の持ち主であると攻撃されていたポール・ロワイヤルの指導者が『頻繁な聖体拝領』の真の著者であり、従って本作品も国家転覆の意図を秘めているものであるという噂を補強してしまうことを恐れたためであった。2023年度は以上について、『プロヴァンシアル』をめぐる17世紀日仏研究者による共同研究(zoom開催)の場で、フランス語で発表した。 サン・シラン死後2年目にアルノー・ダンディイが友人の正統性の証左として編纂・出版した『霊的・キリスト教的書簡集』第1巻(1645年)所収の二信について、日付が改竄されていることを発見した。これらは、明らかに警備が最も厳重だった第二の牢獄、すなわち聖堂参事会員用居住域時代のものであるが、どちらも1641年7月より後の日付となっている。サン・シランの『霊的・キリスト教的書簡集』編纂時にオリジナルが破棄されたことはよく知られているが、「殉教者」である彼の書簡は聖遺物に近いものであり、証拠隠滅と『頻繁な聖体拝領』における「悔悛」の教義を擁護するために、やむをえず取った処置ではないかと推測される。 サン・シランの最後の牢獄の歴史記述から明らかなように、論争の歴史記述では両陣営が別々の思惑から意識的に沈黙し、結果的に誤った内容が史実として伝承される場合がある。2023年度はこの知見をパスカルの『プロヴァンシアル』第一から第三信の著者性に応用した研究に着手した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2023年度前半は、岩波文庫のパスカル『小品と手紙』(塩川徹也・望月ゆか共訳)ゲラ校正作業、9月初めのパスカル生誕400年記念シンポジウム「パスカルとポール・ロワイヤル」(パスカル研究会主催・日仏哲学会共催)での発表「第一の回心期におけるパスカルの霊性」準備に追われた。 加えて、2023年6月半ばに重度の難治性眼病にかかり、手術後の疼痛も年度末近くまで続いたため、研究が中断された。このため、サン・シラン牢獄に関するフランス語論文のフランス本国への投稿準備が進まず、それに続いて投稿予定の邦訳発表も滞っている。
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今後の研究の推進方策 |
1)ヴァンセンヌ城におけるサン・シランの牢獄についてのフランス語原稿を整理し、国際誌XVIIe siecleに投稿する。量が多すぎて拒否された場合は、Chroniques de Port-Royalに2号に分けて投稿する。 2)上記研究の日本語原稿を大学紀要に2号に分けて投稿する。 3)9月に予定されているProjet Pascal Les Provinciales, Reunion de chercheurs franco-japonais, presidee par Yasushi Noroにおいて、サン・シラン書簡研究で得られた知見を利用し、『プロヴァンシアル』前半について、とりわけ第一から第三信の著者性ならびに第四信とそれ以降の意図について、フランス語で発表する。 4)共編者である『パスカル読本』(法政大学出版局)への投稿論文の一つとして「パスカルとポール・ロワイヤル黎明期三部作」を執筆する。 5)アルノー・ダンディイがサン・シラン『霊的・キリスト教的書簡集』編纂の過程で行なった日付の操作の明らかになった分について『武蔵大学人文学会雑誌』に投稿する。
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次年度使用額が生じた理由 |
重度の眼病に罹患したため、夏季休暇中に予定していた海外出張を中止した。また年度後半は研究も中断された。次年度は研究期間を延長し、資料購入費の一部として使用する計画である。
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備考 |
・2023年度望月研究プロジェクト実施報告書「第一から第三『プロヴァンシアル』の作者は誰か」、『武蔵大学総合研究機構紀要』第33巻、2024年9月掲載予定
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