研究課題/領域番号 |
19K00508
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
草野 慶子 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (10267437)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ロシア文学 / ジェンダー / セクシュアリティ / フェミニズム / 皮膚 / 自我、主体 / 世界文学 / 比較文学 |
研究実績の概要 |
2019年度はジナイーダ・ギッピウス(1869-1945)研究に集中して取り組み、その結果、現代のフェミニズム文学理論とのより強い連関において、あるいは世界文学という視座において、19-20世紀転換期のロシア女性文学を新たな観点で再考し、位置づけていくための契機を得た年度であった。 ギッピウスの創作期間は長く、1890年代から1945年の死の直前にまで至る。本研究課題の射程はロシア革命以前(革命後ギッピウスは亡命し、西欧で文筆活動を続ける)、さらに正確に定めるとすれば、1910年代はじめまでである。これは、革命前夜としての第一次世界大戦をひとつの区切りと見定めつつ、それに至るまでの時期にロシア文壇に登場した多くの女性文学者、社会と文化におけるその受容(ネガティヴなものも含めて)という時代的背景を常に意識しながらギッピウスの文学と思想を考察し、世紀転換期特有の問題群を浮き彫りにするという企図からである。今年度は、この企図に添った時期、そして女性文学、フェミニズム文学理論の関連資料を収集、加えて研究環境を整備し、課題遂行に従事した。 「現在までの進捗状況」および「今後の研究の推進方策」の記述とも関わるが、今年度の最重要の成果は、いずれ本研究課題を完遂し、研究成果を単著のかたちで公にする、その単著の構成が明確に見えてきたことだと考えている。この未来の単著は、皮膚、自我、女性の主体と創造、世界文学、といったキーワードを持つこととなるだろう。 繰り返しになるが本研究課題は、課題遂行後の単著の公刊を最大の目標としており、単年度ごとの業績発表への過度の拘泥はむしろ長期的な課題の遂行を妨げる可能性もあるととらえてはいるが、それでも19年度中に1件の学会発表に応募して採択、1件の査読論文を執筆の上、提出し、現在(2020年6月初旬)審査中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度に整理され、2020年度、21年度にも引き続き考究されるであろう論点は以下の通りである。 1)ギッピウスの実生活および創作上での、ジェンダーとセクシュアリティをめぐる多様な実験を、ジュディス・バトラー以降のフェミニズム理論の見地に立ってどうとらえ、評価するかは、先行研究においてはいまだ十分な議論がなされていない。本研究課題がこの点について問題提起し、ギッピウス研究を現代のフェミニズム理論/批評へと接続し、具体的な分析に着手したことは重要な達成である。その過程で「創造する女性の主体」というフェミニズム文学批評にとって決定的な意味を持つ鍵概念が、精神分析その他の領域とも結ぶかたちで前景化するに至ったこともまた重要である。 2)本研究課題開始に至るまでに積み上げてきた研究実績において、研究代表者は、ギッピウスの性愛論、その創作とのかかわりについてすでに広範な考察を展開してきた。これをふまえて性愛の主題を、創作の手法としての皮膚感覚と分かちがたく連関させながら、ギッピウスの思想と文学を「皮膚の詩学」(これは予定する単著のタイトルともなるだろう)として読み解いていく作業は、現在も順調に進行していると言える。 3)20世紀初頭のロシア女性文学を世界文学のコンテクストにおきつつ再検討するというタスクも進行中である。とくに「皮膚」「自我」をキーワードとして現代日本の女性文学との比較を行う試みは具体的なかたちをとりつつある。これは100年以前のロシア語文学のアクチュアリティを証明することでもあり、代表者は使命感を持ってこの課題に取り組んでいる。 以上の成果は当初の研究計画にそって予定通り達成されたものである。よって自己評価は「おおむね順調に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度はロシアでの学術調査を予定していた。だが新型コロナウィルス感染拡大に伴い、2020年6月8日現在、ロシアは外国人の入国許可を極めて狭い範囲(医療関係者やロシアに家族を持つ者)に限定しており、夏期の調査は困難な状況である。 今後の感染症拡大の状況が判然とせず、計画も立てづらい現状ではあるが、海外調査をしばらく控えなければならない事実をふまえ、国内での調査・報告準備・執筆等に引き続き全力を注ぎたい。その上で、20年度末(2021年3月頃)での海外調査実施を見据え、この調査をより有意義なものにするために、研究を深化させ、態勢を整えておきたい。 なお2020年度前半は、国内で開催される諸学会も中止が相次ぎ、研究代表者も、採択されていた学会発表を行うことができなかった。しかしこの発表・報告の権利は21年度に持ち越されるとのことである。 20年度後半は、少なくとも国内での研究活動は解禁されることを期待し、所属する4つの学会での研究成果発表、すなわち学会報告および論文投稿に積極的に申請、参加を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
1万円以下ではあるが、次年度使用額が生じた。これは所属研究機関で他の研究資金を供与され、2019年度に関しては予算が潤沢であったことが理由としては挙げられる。20年度、21年度については、予算を予定通り使用したいと考えている。ただし、新型コロナウィルス感染症の、主にロシアにおける感染状況によっては、研究期間の延長を申請させていただくことも視野にはある。
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