本年度は16世紀のパリ周辺で活躍したヘブライ語学者たちの系譜をさらに詳しく辿るとともに、前年度までに収集したヘブライ語を中心する16世紀詩篇関連文献を整理し、そこからジャン=アントワーヌ・ド・バイフやブレーズ・ド・ヴィジュネールのように詩篇の翻案にあたってhebraica veritas「ヘブライ的真理」にこだわった博学な詩人たちの詩篇翻案を支えた重要な要素を抽出し、分析する作業を進めた。とりわけヘブライ語詩篇の形式および内容の理解に関してどのような知見がその基盤となったかを考察した。 本研究では5年に亘ってヘブライ語詩に関する16世紀の学者・詩人たちの考察を詳細に検討し、それらがフランスにおける新たな詩の概念の形成及び創作の実践においていかなる刺激を与えたのかを具体的に明らかにすること、すなわち(1)16世紀フランスのヘブライ語学者や詩人達が参照したと考えられるヘブライ語及びラテン語による重要文献を丁寧に読み込み、そこに見られるヘブライ語詩の特殊性の理解、とりわけギリシア・ラテン詩との共通性と差異の認識、そしてそこから生まれる新たな「詩」概念について考察すること、(2)16世紀フランス詩人における旧約聖書詩篇の翻案について、単なるヘブライ語原典との比較研究に終わることなく、そうした翻案が、詩の創作そのものに関わる、詩学上の最も重要な問いを深める場として、また挑戦的な実践を求める場と機能していたことを明らかにすることを試みた。 新型コロナウィルス感染症の流行さらには昨年秋からのイスラエルでの戦争によって海外の図書館や研究機関に赴いての現地調査がかなり制限されてしまったが、総じてこの分野における最大の先行研究であるMichel Jeanneretの『16世紀における詩と聖書の伝統』よりもかなり深く16世紀ヘブライ語詩篇理解の文脈に踏み込んだ研究を進めることができた。
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