研究課題/領域番号 |
19K00515
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
中島 淑恵 富山大学, 学術研究部人文科学系, 教授 (20293277)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 比較文学 / ラフカディオ・ハーン / 書き込み調査 / 蔵書 / クレオール / フランス文学 |
研究実績の概要 |
本年度はまず、富山大学附属図書館所蔵小泉八雲旧蔵書(以下ヘルン文庫)について、フランス語本を中心に書き込み調査を行った。中でも、後のハーンの民俗学的聞き取り調査手法の基礎になった『全民族民衆文学叢書』の中の一冊『モーリシャスの民話』にみられる書き込みが、マルティニーク滞在後来日までの短い期間に行われたもので、モーリシャスの民話とマルティニークの民話の相同性にハーンが着目していた様子を確認することができた。ハーンはマルティニーク滞在時に現地の民話や民謡の聞き書きを行っており、その時の取材ノートをハーンは来日時(189に持参していた。そのうち一部は1832年に『三倍美しい物語』としてフランスで出版され、また一部はルイ・ソロ・マルティネルによって『コント・クレオールⅡ』として2011年に解読・発表されているが、未だ多くの物語が不明のままである。これに関連して、ヴァージニア大学附属図書館の所蔵のフランス語メモ類が、ハーンの聞き書きの取材メモである可能性が大変高いということが現地調査によって解明された。また、これらフランス語本の入手経路について、ニューヨーク等で調査を行い、おそらくニューヨークの書店経由で購入された可能性が高いことが裏付けられた。さらに、ニューヨークおよびシンシナティ公共図書館等における調査から、ハーンのフランス語による情報収集の実態がさらに解明された。 さらに、ハーンの処女出版となったテオフィル・ゴーティエの短篇小説集の英訳『クレオパトラの一夜およびその他の幻想物語集』訳出を巡って、その典拠となったヘルン文庫所蔵のゴーティエの短篇集2冊の書き込み調査から、その訳出についてとくに苦心したであろうと思われる箇所について、訳語の入念な検討が行われていたことが判明した。また、ハーンのロマン主義理解の起源は、ゴーティエの著作を典拠としたフランスロマン主義にあったことも判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究はおおむね順調に進展している。その理由は、ヘルン文庫における書き込み調査が順調に行われ、とりわけ『全民族民衆文学叢書』における『モーリシャスの民話』の書き込み調査を発端として、その他のクレオール関連の蔵書の調査も順調に進捗したからである。また、テオフィル・ゴーティエの著作の書き込み調査についても、順調に解明が行われつつある。処女出版となった『クレオパトラの一夜およびその他の幻想物語集』に収められた短篇6篇のもとになったフランス語本の書き込みの探究も順調に行われている。これらの書き込みはハーンの書き込みとしてはかなり特異なもので、ゴーティエの用いる独特のフランス語を英語に訳すハーンの苦心のほどが伺われるものであった。これらは、他の著作には見られない書き込みであることから、ハーンが特段の力を注いでいた様子が伺われる。また、その他のゴーティエの著作からハーンがフランス・ロマン主義文学から受けた影響が明らかになった。このような成果を踏まえて2度にわたって米国で現地調査を行い、得られた成果の一端を現地の研究者と研究発表および意見交換という形で共有することができたことは大きな収穫である。また、ヴァージニア大学所蔵のハーン関連フランス語手稿が、マルティニークでの聞き取り調査の取材メモである可能性が大きく、今後に大きな展望が開けたことは言うまでもない。これらのメモは、今後解読にかなりの時間と労力が必要であるが、国際的な研究チームで情報交換を行いながら作業を進めることによって、これまで未確認とされていたハーンが取材した物語が解明される可能性は大きい。 今後は、モーリシャスの民話とマルティニークの民話の相同性について、別の角度から確認作業を行うと同時に、このようにして得られた資料の解読を行い、それらが後のハーンの著作や講義にどのように活かされているかについて、解明を行う必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
これまで同様ヘルン文庫における書き込み調査を遂行して行く予定であり、とりわけフランス語本について、順を追って内容を精査しながらその意味を考えると言う作業を引き続き行なう。本来であれば、とりわけクレオールの物語に関して、マルティニークおよびモーリシャスに現地調査に向かう予定であったが、新型コロナウイルス蔓延の影響により、少なくとも2020年度前半は現地調査が難しいことが予想される。これまでの現地調査によって得られた資料の精査と整理をまず行いながら、ヘルン文庫をはじめとした国内で閲覧できる資料を中心に、研究を進めて行くことにしたい。 とりわけ、ハーンにおけるフランス文学の影響については、これまでもさまざまな角度から研究を行ってきたが、今後も、とりわけ書き込み調査から明らかになってきたフランスロマン主義との関係について、論考を行う予定である。また、2020年度後期は、研究に専念できる状態(サバティカル)になることから、「ラフカディオ・ハーンとフランス文学」というテーマでこれまでの研究の集大成を予定しているほか、とくにマルティニークを中心としたハーンの業績およびその影響について、視野を広げて研究するための足掛かりとしたい。もちろん、現地調査が可能となった暁には現地に赴き、とりわけ失われた民話の再建への手がかりを得たいと考えているが、これがかなわないうちは、可能な限り海外の研究者とも連携を取り合いながら、現状で可能なことから本研究のさらなる進展をはかる予定である。
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