研究課題/領域番号 |
19K00518
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研究機関 | 京都工芸繊維大学 |
研究代表者 |
Julie BROCK 京都工芸繊維大学, 基盤科学系, 教授 (70293983)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 『万葉集』 / 翻訳論 / 現象学的意味論 / 風土学 / レトリック / 通態性 |
研究実績の概要 |
本年度は、次年度に予定していた研究テーマを優先して取り扱うこととした。その理由は、本研究のキーワードである、「通態性」、「現象学」、「風土学」等について理論的基盤を固めるべきであると判断したためである。具体的には、以下の四つの研究業績を上げている:①口頭発表「「詩の主体」の誕生とその生命感―『万葉集』の歌一首における修辞法とその作用をめぐって―」(萬葉学会全国大会、淑徳大学千葉キャンパス、10月20日)、②口頭発表「日本文化における「今」と「ここ」-詩的、文学的な伝統に根差した現象学的思想」(日本比較文学会2019年度関西大会、愛知淑徳大学星が丘キャンパス、12月7日)、③学術論文(査読あり)「オーギュスタン・ベルクにおける「通態性」-文学と翻訳研究への応用-」(京都工芸繊維大学学術報告書 第12巻、12月20日、13-18頁)、④個人研究に関わる学術図書の出版準備。 業績①については、『万葉集』第八巻1617番歌を分析対象とした。まず、当該歌が三部分構成であると示した上で、この歌に働く統語法、語彙、修辞法の特性を明らかにし、これらの要素がどのように詩的な言葉において調和し合い、歌の「動き」となる活力を創り出しているかを考察した。業績②においては、『万葉集』第九巻1778番歌を検討し、恋人たちを隔てる名欲山が、「明日」が永遠に訪れず、別離が決して完遂しない、永遠の時間を象徴していることを示した。業績③では、オーギュスタン・ベルクの風土学的思想の要点をまとめ、その思想の文学および翻訳学研究への応用により文学および翻訳研究に風土学的な視座を提供することを目指した。業績④は、2015年から2019年までに開催された「日仏翻訳学研究会」の議事録書の出版準備であり、そこには柿本人麻呂における動詞「みゆ」の詩的機能、および「ことあげ」の意味合いを分析した論考が所収されている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は、近現代の意味論的理論が『万葉集』の分析にもたらす可能性を明らかにすることに他ならない。その目的達成の過程で、意味論的理論に関わる基礎的な概念の整理は避けて通れないだろう。それゆえ、初年度については、本研究の理論的基盤の構築に尽力した。結果として、特に業績③が示すように、オーギュスタンベルクの議論を下地にして、「風土学」や「通態性」といった鍵概念については十分な議論ができた。この議論を前提とすることで、これまでの『万葉集』研究において等閑視されていた中央の句の機能-前半の序詞の描く風景と、後半の心象が表現する内面の様子を一つの動きによって結びつける働き-が、歌の構造において肝要であり、「通態的」な機能を持つことが確認された。以上より、当初予定していた研究計画は十分に遂行されたと言える。 さらに、先に挙げた研究業績②は、当初の計画書においては予定されていなかった研究活動である。本業績は、『万葉集』研究と、報告者がかねてより着手していた加藤周一研究の総合と言えるものである。そのため、報告者の個人研究史において特筆すべき業績となった。 具体的には、日本文学史における三つの時代「万葉時代」「禅の輸入の時代」「明治時代」それぞれに対応する作品を取り上げ、三者に共通する「永遠の今」という概念を明らかにした。第一部では『万葉集』の歌、第二部では一休宗純の漢詩、第三部では安部公房の詩を分析し、ここに加藤周一の『日本文化における時間と空間』に展開された思想の主要な概念について、「今」と「ここ」を中心に考察した。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、以下の3つを主たる研究テーマと定める:①「『万葉集』における枕詞「ゆふたたみ」の象徴的意味」、②「『万葉集』における枕詞の機能-「たまくしげ」と「さなかづら」を中止に-」、③「「天離る鄙」に見られる象徴的機能」。④「現象学的意味論から見た枕詞の機能」 研究テーマ①については、『万葉集』第三巻380番歌における、逢坂山の古名である「手向け山」と結ばれる枕詞「ゆふたたみ」が「手向け山」とともに二つの世界を隔てる働きを担うこと、そして両者には、そうして隔てた二つの面、自然と文化、野生と技巧、人間の世界と神の世界を関係付ける力があることを明らかにする。研究テーマ②においては、まず、鏡王女と藤原鎌足による相聞歌93番歌と94番歌を検討する。当該歌が含む表現技法が読者に与える影響を明らかにすべく、種々の現代語訳を比較検討する。翻訳者による恋人たちの結びつきの解釈の違いが、訳に差異を生みだすことを示し、さらに恋人たちのやり取りが交わされる状況は翻訳者が歌人の立場に身を置くことで劇化されているという事実を明らかにしたい。その研究成果を、『京都工芸繊維大学学術報告書』にて査読を経たのち掲載予定である。次に研究テーマ③では、柿本人麻呂が創作した「天離る鄙」という表現が示す意味を検討し、大伴家持がその後この言葉に付与した新たなニュアンスについて考察したい。この検討結果を、フランス日本研究学会にて口頭発表する。最後に研究テーマ④では、『万葉集』所収の四首の歌(第十二巻3070番歌、同巻3073番歌、第三巻300番歌、第十五巻3730番歌)を主たる考察対象と定め、エルンスト・カッシーラーの『シンボル形式の哲学』およびピエール・カディオの『意味論的形態の理論に向けて』を参照しつつ、枕詞の機能を現象学的に検討することを目指す。
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