本研究の目的は、18世紀ドイツ語圏の多感主義における広義の句読法、特に約物(やくもの、Satzzeichen)の機能とその意義を当時の思想や文化との関連で明らかにし、その翻訳可能性を探ることであった。コンマやコロン、ハイフンやダッシュ、あるいは感嘆符のような符号は、書き手によって使用法が異なるばかりでなく、同一の書き手によるテキスト生成時でも原稿の段階が違えば用い方が異なることがある。原稿が印刷物になる段階でもまた句読点や符号の揺れや変更が散見される。本研究では、18世紀のさまざまなテキスト、特にハーマン、ヘルダー、ゲーテの著作を中心に、言語で語り得ない感情や息づかいや沈黙を記す手段としての句読法について考察することを目指した。 最終年度である2022年度には、コロナ禍の影響で永らく不可能であった現地での手稿の調査を再開することが可能になり、ヴァイマルのゲーテ・シラー文書館が所蔵する、ゲーテ『若きヴェルターの悩み』改訂版手稿(1786年)を閲覧し、すでに出版されているこの版の校訂版との比較検討も行い、ヘルダーによる句読点や符号の校正の跡も確認できたことで、『ヴェルター』初版の疾風怒濤的スタイルから多感主義的スタイルへの変更とその系譜が明らかになった。また、本研究ではこれまで扱わなかったセミコロンへの注目もこの改訂版手稿の検討から可能になった。 本研究期間全体にわたり、18世紀ドイツ語圏における文字の図像性に関する新たな知見が得られ、その翻訳可能性を探ることで日本語における句読法にも新たな視座を提供することができたと考える。日本語への翻訳が困難なセミコロンについては、今後の課題を示すことができた。
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