研究課題/領域番号 |
19K00533
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
安元 隆子 日本大学, 国際関係学部, 教授 (40249272)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 金子文子 / 朝鮮 / 無籍者 / 人間の絶対平等 / 運命 / 見栄 / 虚栄心 |
研究実績の概要 |
本年度は金子文子の獄中手記『何が私をこうさせたか』の表現を丹念に追い、朴烈と同棲に至るまでの間の文子の思想形成過程を明らかにした。中心に据えたのは、文子の朝鮮時代と「運命」からの脱却についての2点である。 まず、朝鮮時代であるが、1910年代の日本と朝鮮の状況を再確認し、当時の日本と朝鮮の民衆の感情を歌の歌詞をもとに比較した。そして、芙江、岩下家の高利貸しと阿片売買、笞刑の実態、金銭と裏表の論理に対置される朝鮮人の姿を確認し、朝鮮の自然の治癒力を明らかにした。また、書かれなかった3.1運動について言及し、記述を抹殺された可能性があることを指摘した。そして、朝鮮時代の最も大きな意義として、文子がかつて「無籍者」であったことの自覚と日本の戸籍を得たことへの嫌悪があることを指摘した。戸籍制度が日本国籍、臣民としての位置と密接に結びついていることを明らかにし、日本国籍をえながら日本人と同等と認められなかった朝鮮人と文子は相似形をなしていること、文子が日本国籍を得て日本国民となったことが逆に日本への違和を生み、日本の体制批判に発展する大きな契機となったことを明らかにした。 次に、文子の人生は「運命」からの脱却であったことを指摘した。「わけのわからぬ力」(主に性の本能)に引きずられていた文子と、運命論者の父や家族への反発、しかし、反発する運命論者と同じ見栄と虚栄心を文子が内包していたことを明らかにした。この見栄と虚栄心が、拘束される契機となった爆弾入手計画とも密接に重なっていることを指摘した。同時に獄中の思索が自らの主体的な思想を生み、見栄と虚栄心から脱却し、改めて人間の絶対的平等を阻む天皇制否定に至ったことを明らかにした。 以上の内容を2本の論文として執筆、発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コロナ禍で関係する図書館や機関での資料収集がままならなかった。特に、韓国での資料収集、現地調査が全くできなかった。そのため、国内での収集可能な資料を用い、研究を進めたが、予定していた海外での学会発表はできず、また、日本国内の学会も中止や延期になったものが多かったため、口頭発表は行わず、論文でのみ発表する形となった。 コロナ禍のオンライン授業も不慣れであったため消耗が激しく、テーマに関する研究が計画通りにいかず本当につらい一年であったが、そのような状況下での成果として、2本の論文にまとめ発表することができたのでおおむね順調と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
金子文子の思想形成はいくつかの段階を経ているが、特に獄中以前の無政府主義思想には大杉栄の影響があることを検証する必要を確信した。その際、「復讐」ということばをキーワードに進める。次に直接行動への道はどこから示唆を受けたものなのか、考察する。朴烈と朝鮮留学生の実態と義烈団の思想を検証する。獄中の思想については、シュティルナーの影響を受けていることは明らかだが、具体的にシュティルナーのどの部分から影響を受けているのか、そして、それが獄中手記、手紙、短歌にどのように結実しているのかを明らかにする。 金子文子受容の一環として、韓国映画『朴烈』とキムビョラの小説『常盤木の木』の作品論を書き、日本と韓国の受容を比較検討する。 以上をこれまでに執筆した論文と合わせて、単行本の刊行を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍で海外、国内の資料収集および現地調査が制限された。また、海外、国内の学会が中止や延期となり学会発表を行う機会がなかったため、旅費や人件費が未使用となった。 次年度もコロナ禍で海外、国内の資料収集や現地調査、学会発表が制限されると思われる。また、勤務する大学の図書館へも遠路のため移動がままならない状態である。このような状況下であるため、図書館でコピーする予定のものは代わりに図書を購入する。古本の場合、安価なものが多いが、逆に稀少本の場合、高価となるため、次年度の予算は総額として予定通りの使用となる予定である。
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