研究課題/領域番号 |
19K00533
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
安元 隆子 日本大学, 国際関係学部, 教授 (40249272)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 金子文子 / マックス・シュティルナー / 『唯一者とその所有』 / 辻潤 / 『自我経』 / 自己犠牲 / 自我 |
研究実績の概要 |
本年度は、金子文子の晩年の思想に多大な影響を与えたマックス・シュティルナーの受容について検証した。シュティルナーについて、金子文子は自ら自伝の中に、また、短歌の中にも記しているが、その受容の実態についてこれまで本格的に研究したものはなかった。本研究は金子文子のシュティルナー受容について初めての実証的研究として意義がある。 まず、本研究では、シュティルナーの日本での受容を概観した後、金子文子の読んだ著作を辻潤訳の『自我経』と推定した。そして、その思想内容と自伝『何が私をこうさせたか』とを比較し検討し、自伝に記された自己の発見過程そのものがシュティルナーの自我重視の哲学と重なるものであることを明らかにした。また、文子の大審院裁判のための公判準備調書や獄中書簡、特に1925年11月のものと比較し、この時期の文子の思想はシュティルナーの自我拡大の思想とほぼ重なるものであることを証明した。ただ、シュティルナーの「私有財産」と「国家」の概念と文子の認識には若干の齟齬があることも指摘した。そして、辻潤の『自我経』では「結合」「同盟」と訳された「エゴイストの連合」について、文子の叙述は「共存共栄」の語を用いながらもその実態について具体性がないことも指摘した。しかし、獄中にあった文子が、ニヒリズムについて政治運動から哲学運動への転換を表明した意義は大きく、そこにはこのシュティルナー受容があったことを改めて証明することができた。また、文子が嫌悪した「自己犠牲」も、単に朴烈のために罪を認めることになった、という表面的な自己犠牲を指すだけではなく、シュティルナーの説く「犠牲」の愚かさ、つまり、意識が捉われ支配されることの愚かさを示していると考えられることも明らかにした。 今後はこうした多大なシュティルナー思想の影響を鑑み、文子の獄中自死の意味をについて考察を続ける予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
上記「研究実績の概要」に記したとおり、金子文子の思想の研究として大きな山場となるシュティルナー受容の研究は進めることができたが、コロナ禍にあり、本年度も韓国に渡ることができなかった。そのため、朴烈、金子文子をはじめとする日韓のニヒリストに関する研究について、韓国の研究者との情報交換や資料収集が十分にできなかった。また、韓国での金子文子受容の実態も充分に調査することができなかった。そのため、この2点に関しての研究論文が執筆できず、「やや遅れている」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
研究期間を一年延長していただいたため、なんとしても今年度で金子文子研究をまとめたいと考えている。 ただ、コロナ禍は相変わらずであり、韓国への渡航はまだ不確実な要素が大きい。もし、渡航がかなわなかった場合は、幸い、以前に韓国での調査を行った際に協力してくれた金珍雄氏が資料収集のためにこの春より早稲田大学に滞在することになったので、金氏と連絡をとり、韓国での金子文子、朴烈研究の情報を得る予定である。また、文献についても韓国より金氏を通じて取り寄せ、読解の補助をしていただきたくことで、効率よく研究を進めることができると考えている。 また、長い時間がかかってしまっているが、文子の晩年の思想の支柱と考えられるアルツィバーセフの影響について、前期のうちにさらに読解を進め、まとめるつもりである。 この点については文献は揃っているので集中して研究にあたりたい。 更に、研究過程で見えてきた文子における「復讐」の語の由来とその背景にある思想の究明をする予定である。これは虚無主義に傾く文子の精神を象徴している語であり、このルーツを探ることでさらに文子晩年の思想が明らかになると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
資料(金子文子の韓国での受容)及び現地の調査(三一運動等、韓国の抗日運動や日韓の紛争の跡を巡る)、そして、研究者との情報交換の目的で韓国に渡航する予定であったが、コロナ禍のため、渡航することができず、未使用額が生じた。 今年度も韓国への渡航を希望しているが、不可能な場合は、オンラインを使って資料や情報を集め、今年度、来日している韓国人研究者に翻訳を担当してもらう予定である。その際の図書、資料コピー代、翻訳代として使用する計画である。
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