新型コロナ感染症の収束が遅れたため国外の出張を控えたが、その代わりに国内あるいはオンラインでの学会や研究会、朗読会、シンポジウムを開催した。まず6月、津田塾大学言語文化研究所「世界文学の可能性」研究会において「もう一つのコスモポリタニズムのために―ドイツ語圏文学から世界文学へ」と題して講演した。10月、名古屋学院大学にて、スリランカ出身のドイツ語作家セントゥラン・ヴァラタラジャの作品『赤(渇望)』朗読・対話会(主催:ゲーテ・インスティトゥート東京)を行った。11月には、ヨーロッパ文芸フェスティバル2022の催しとして、ナターシャ・ヴォーディン『彼女はマリウポリからやってきた』の朗読&トーク(主催:ゲーテインスティテュート東京)に参加・協力した。2023年2月には、マリアナ・ガポネンコ(ウクライナ出身)、イリア・トロヤノフ(ブルガリア出身)、ウラジーミル・ヴェルトリプ(ロシア出身)という3名の越境作家とともに、オンライン・シンポジウム「移動するアイデンティティ―東欧出身のドイツ語圏越境作家たちとともに世界平和を願って」(主催:名古屋学院大学国際文化学部)を開催し、その報告書を作成した。ヴァラタラジャー氏の作品『赤』は現代のカニバリズム的な事件をもとに神話的な世界と祈りの形式を持ち込む詩的作品である。ヴォーディン氏の作品は自殺した母親の足跡を辿りながら、戦前・戦後の家族史がヨーロッパの負の歴史(スターリン主義、飢饉、ナチズム、強制労働など)と重なる。シンポジウムは、ロシアによるウクライナ侵攻以後、文学の無力感と政治的有効性が問い直されるなか、文学の根源的、間接的な批判・表現力や真理への洞察力を再認識する場ともなった。東欧作家たちが体現する越境文学の持つパトスは、異文化間の創造的な対話を実現し、世界平和への願いとも合致するだろう。
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