研究課題/領域番号 |
19K00544
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
三谷 惠子 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (10229726)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 南スラヴ語史 / アポクリファ / 旧約聖書偽典スラヴ語訳 / 両数形 |
研究実績の概要 |
今年度は、課題研究初年度にあたることから、本研究において『半世俗的テクスト』とする聖書外典・偽典などのスラヴ語訳、またスラヴ世界で作られたキリスト教説話物語について、過去の研究状況を調査した。またこれをふまえて、このジャンルのテクストによって南スラヴ語史の再検証を行うという本課題の妥当性を、具体的な写本分析によって検討した。 分析対象としたのは、ギリシャ語から翻訳された使徒行伝アポクリファ『聖トマスのインドへの伝道物語』、また旧約聖書偽典『ヨブの遺訓』スラヴ語訳である。前者はスラヴ圏に広く知られているが、本研究ではそのマイナーバージョンでほとんど写本が残っていないものを取り上げた。後者は、旧約聖書『ヨブ記』から派生したアポクリファで、スラヴ語では14世紀末からのセルビア写本でのみ知られている稀少テクストである。どちらも過去にほとんど研究されておらず、とくに後者は、2012年にM.ハラランバキスがはじめてスラヴ写本全体を視野に入れた研究書を刊行したが、スラヴ写本の詳細な言語分析はなされていなかった。本研究ではこれらのテクストの言語特徴を南スラヴ語史の知見に照合しつつ分析した。その結果、どちらも、いっぽうではセルビア語の影響を受け俗語化しながらも、他方では両数形や古いシグマティク・アオリストを保持するなど、最古期スラヴ語の特徴を持つことが明らかになった。ここから、本研究が扱う半世俗文献の分析が、南スラヴ語史の研究材料として有意義であることが示された。また『ヨブの遺訓』を、聖書正典『ヨブ記』の最古期スラヴ語訳と比較し、両者に共通する言語特徴があること、しかし翻訳の時期は異なることを明らかにした。これは半世俗テクストの分析が、スラヴ世界における聖書翻訳の歴史も明らかにしうることを示すものとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は、「半世俗的テクスト」を南スラヴ語史の再検討の対象とするという本課題研究のねらいの妥当性を検証することを中心としたが、この点は順調に進んだといえる。また、半世俗テクストを聖書のスラヴ語訳など、スラヴの初期文語文化の中心となるテクストと比較することで、スラヴ語史に新たな知見を与える可能性も明らかとなり、この点は予想以上の成果であったと考える。しかしながら、特定のテクスト分析に予想以上に時間がかかり、多くのテクストを分析してその結果を比較し、これまでのスラヴ語史解釈の問題点を体系的に指摘するには至らなかった。この点は次年度以後の課題とする。 本課題研究がもう一つの目標とした、写本のアーカイヴ化もまだ着手できておらず、これも2020年以後の課題である。また、2019年度末に現地調査に赴き、資料を収集する予定だったが、これは新型肺炎感染拡大の影響で不可となり、今後の世界的状況いかんでは、研究のための資料不足により、進展が遅れる可能性もある。
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今後の研究の推進方策 |
2020年年明けから起きた新型肺炎感染拡大の影響が今後どのようになるか不透明な現在、2020年度内にどの程度資料調査に行けるかが問題である。本課題研究が分析しようとしているものは、所蔵場所にいかないとアクセスできな比較的マイナーなタイトルのものが多いためである。しかし、現地にいけない場合は、ブルガリア・アカデミーやブルガリア国立図書館、セルビア国立図書館、ロシアのレーニン図書館など、遠隔での資料オーダーを受け付けている施設や現地の研究者から資料を取りよせて研究を継続する予定である。 内容としては、ギリシャ語ありはそれ以外のスラヴ語圏外から翻訳されたテクストと、スラヴ圏内で創作あるいは編纂されたテクストの言語を比較し、その違いから、相対的な言語変異のプロセスを明らかにしたいと考えている。 2020年5月の時点で、今年参加予定でエントリーしていた国際学会はいずれも中止あるいは延期となり、成果を国際学会で発表できる見込みはなくなったが、海外のジャーナルに論文を投稿し、研究成果を発信しる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度末に資料収集のための海外出張を予定しており、そのための旅費として予算を残していた。しかし2020年2月末からの新型肺炎感染拡大でヨーロッパ方面の入国や旅行が不可となり、結果的に次年度使用額が生じた。2020年5月末時点で、世界的にさまざまな施設の再開が見られるものの、まだ全体に見通しがたたず、2020年度に予定されていた国際学会もほとんどキャンセルとなっている。そのため、2020年度の予算執行も不透明な部分が多いが、必要な図書の購入や資料収集のために研究費を使用したい。
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