研究課題/領域番号 |
19K00544
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
三谷 惠子 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (10229726)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | アポクリファ / 旧約聖書偽典 / アオリスト / 両数形 |
研究実績の概要 |
2020年度は、COVID-19の世界的流行のため、資料調査や海外の研究機関訪問ができず、予定していた資料が収集できなかった。このため課題研究は、これまでに入手した資料やオンライン等で集められる資料を用いて行った。 本年度の成果の一つは、2年前にブルガリア・アカデミーより入手したドラゴミルナ修道院所蔵のコーデクス1789/700に含まれる『聖トマスのインドへの伝道物語』を分析し、これがこのアポクリフォンの特殊なヴァリアントのスラヴ訳であることを明らかにしたことである。『聖トマスの物語』はキリスト教世界に広く流布したアポクリフォンで中世スラヴ世界でも講読用メノロギオンに含まれたため写本が多数存在する。しかしドラゴミルナ修道院写本はスラヴ世界で流布したヴァリアントとは明らかに別の原本から訳されており、しかも訳語の選択などにも他の写本とは異なる特徴が見られる。今回明らかにできたのはここまでだが、今後はこの写本を含むドラゴミルナ修道院コーデクスの他のテクストも検討し、このコーデクスの出どころからどうしてこのヴァリアント訳ができたのかを明らかにして行きたい。 今一つの成果は、これも2年前に着手した旧約聖書偽典『ヨブの遺訓』のスラヴ語訳の分析である。この『遺訓』は紀元1世紀頃に作られたとされ、こんにちではコプト語断片、ギリシャ写本、スラヴ写本およびルーマニア写本で知られている。スラヴ写本はいずれもセルビアのものでかなり、セルビア語方言化されているが、両数形やs-アオリストなどの古い言語特徴をとどめていることから、おそらく12世紀より前にブルガリア地方で訳されたと推測される。本研究でやこの言語分析を行い、もとにある古い要素がより口語的な形に置き換えられた要因としてこのテクストの内容が口語になじみやすいものであったことを指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年はCOVID-19の世界的流行により資料収集のための調査旅行ができず、インターネットやメール等で入手できる資料も限られた。このため、過去に入手した資料や、刊行されたテクストを用いて研究を行った。2021年度には状況が改善されることが見込まれるため、遅れは挽回できるものと予測している。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度には2020年度に成果を出した研究を発展させ研究を継続する。具体的には二つの柱を考えている。 『聖トマスのインドへの伝道物語』を含むドラゴミルナ修道院写院コーデクスの他のテクストを検討し、このコーデクスの出どころを解明し、上記のヴァリアントがいかにしてスラヴ世界にもたらされたのかを考察する。具体的には、ここに含まれる『ヤコブの原福音書』など、スラヴ世界にも多く写本があるタイトルを選び、写本を比較してそれぞれの言語特徴や出現環境などの違いを明らかにする。これらをふまえてドラゴミルナコーデクスがどのようにして成立したかの手がかりを得る。これをふまえて、前述の『トマスの伝道物語』の由来を解明する。またこの研究を契機として、ブルガリアやセルビアだけでなく、中世において教会スラヴ語が書き言葉のスタンダードであったルーマニア圏におけるスラヴ語で書かれた半世俗文献の言語特徴の解明にも着手していきたい。 また202年度に扱った旧約偽典『ヨブの遺訓』はセルビア文献でしか残っていないが、正典の『ヨブ記』はおそらくスラヴ文献時代の最古期に訳されたと推測され12世紀からのスラヴ語訳が残っている。偽典『ヨブの遺訓』はそもそも正典『ヨブ記』から発生したものであり、物語そのものは大幅に書き換えられているものの、ギリシャ語版の偽典と正典を比較する限り同じ語句や表現が用いられている箇所が複数がある。そこでスラヴ語訳についてもこれら2つのヨブの言語を比較し、ここから正典と比べて半世俗文献にはどういった言語的またテクスト的特徴が顕著なのかを考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度はCOVID-19の日本および世界における流行拡大のため、エントリーしていた国際学会がすべて中止もしくは延期となった。また調査旅行もできなかった。このために次年度使用額が発生した。これらについては、2021年度後半以後に状況が改善されれば、海外への資料調査、あるいは文献収集のために積極的に活用する予定である。
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