研究課題/領域番号 |
19K00553
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
田中 俊也 九州大学, 言語文化研究院, 教授 (80207117)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ゲルマン祖語 / 動詞体系 / 強変化動詞 / 過去現在動詞 / ヴェルナーの法則 / 古高ドイツ語 / ゴート語 / ラテン語完了形 |
研究実績の概要 |
今年度の成果として、雑誌論文 1点の公刊がある。強変化動詞の過去複数形と過去現在動詞の現在複数形の形態について、ゲルマン祖語の時代にはどのような分布だったかという問題を扱い、動詞体系の詳細を明らかにした。強変化類動詞の過去複数形は前ゲルマン祖語で語根にアクセントがある形と、語尾にアクセントがある形の双方が生じ、動詞これにより、(語根末に無声摩擦音を持っていた)強変化過去複数形には、ゲルマン祖語でヴェルナーの法則が適用されなかった形と、適用された形双方が存在したことが、形態混交理論から予見される。この考えを支持する経験的証拠として、古高ドイツ語の quedan 'say' の過去複数形態が最古の時代から -d- (< *-θ-) と -t- (< *-ð-) の形双方を示していることを挙げた。他方、過去現在動詞については、現在複数形では、語尾にアクセントのある形のみが前ゲルマン祖語の段階で生じ、ゲルマン祖語においては(語根末に無声摩擦音を持つ際には)ヴェルナーの法則が適用された形態のみ動詞体系に存在したことが、理論的に予見される。この図式を用いれば、ゴート語の動詞体系に見られる特異な特徴が生じた理由が、従来の研究にはない形で解明できる。即ち、ゴート語の強変化I-VI類動詞ではその過去複数形に(語根末の無声摩擦音に関して)ヴェルナーの法則が適用されたものが1つもないのに対し、過去現在動詞の現在複数形ではヴェルナーの法則を示す形が存在する。ゴート語の名詞類では、ゲルマン祖語にヴェルナーの法則が適用されない形と、適用された形双方がある場合、前者の形態を継承する傾向がある。ゴート語では、この名詞類の性質と同じ性質を動詞でも受け継ぎ、強変化I-VI類動詞では、ゲルマン祖語にあった2つの形のうちのヴェルナーの法則が適用されていない形を受け継いだと論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記論文では、ゲルマン語強変化動詞の発達について、形態混交理論による説明を推し進める形で、ゲルマン祖語動詞体系の詳細を明らかにすることができた。ゲルマン祖語の体系では、強変化動詞は(語根末に無声摩擦音を持つ場合には)その過去複数形において2つの形を異形態として持ち、過去現在動詞は(語根末に無声摩擦音を持つ場合でも)そのような2つの異形態は持たずに1つだけの形(即ちヴェルナーの法則が適応された形)のみを持つという、具体的な図式を得ることができた。このシナリオによって、ゴート語の動詞体系が持つ特異性を従来の研究にはなかった形で説明している点、意義深い研究成果になっていると思われる。特に、ゴート語の名詞類に当てはまることが、動詞体系でも当てはまるということから、強変化I-VI類動詞の過去複数形にヴェルナーの法則適用の例がない事実を説明している点、Verner (1877) KZ 23 以来の「現在形とのアナロジーによる均一化」とする考えとは根本的に異なる説明を与えることができている。ゴート語には、Bernhardsson (2001: 279) Cornell PhDも観察しているように、「所与のパラダイムで有声摩擦音と無声摩擦音の交替があるところならばどこでも、ゴート語は後者を一般化する」という特質がある。語根末に無声摩擦音を持つ強変化動詞の過去複数形は、まさしく「有声摩擦音と無声摩擦音の交替がある」異形態を持っていたこととなり、前ゴート語の段階で無声摩擦音の異形態の方を一般化したという説明が得られる。しかし、これは形態混交理論によって、強変化過去複数形にはゲルマン祖語で2つの異形態が存在したということを明らかにせねば、得られない説明だとも言える。このように、形態混交理論に基づいてどれだけの事実が説得力ある形で説明できるか、今後も研究を継続する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
本件は、ゲルマン語強変化動詞がどのように発達したかという問題について、他の品詞の形態的発達のあり方も十分に視野に入れて研究するのが目的である。ラテン語の完了形は印欧祖語の完了形とアオリスト形の混交から発達したというのが定説となっているが、これと同様に、ゲルマン語の強変化動詞過去形も印欧祖語の2つの動詞範疇が混交することによって発達したと考えるのが、形態混交理論(morphological conflation theory)である。ゲルマン語強変化動詞の元となった印欧祖語の2つの動詞範疇として、完了能動態(the perfect active)と語幹形成母音によらない未完了形(the athematic imperfect)を想定している。この仮説に基づき、これまでに十分な説明を与えられていない現象に説得力のある説明を与えられるよう、研究を進めたい。また、この形態混交理論に基づく様々な説明図式が、どのような経験的な証拠によって裏付けられるかという点も重要であり、少しでも多くの経験的証拠を示して理論的説明の裏付けとなるように努めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の一層の効率化のために、およそ20万円の高性能のパーソナルコンピュータを買うことが必要となったが、その際に13万円ほどしか残額がなかった。そこで、この13万円ほどの予算を次年度(2020年度)に繰り越し、新年度早々に当該のパーソナルコンピュータを買う計画とした。
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