研究課題/領域番号 |
19K00561
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研究機関 | 南山大学 |
研究代表者 |
斎藤 衛 南山大学, 国際教養学部, 教授 (70186964)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 言語普遍性 / 比較統語論 / フェイズ / 転送領域 / 焦点 / wh句 / ラベル付け / 名詞修飾節 |
研究実績の概要 |
演算子移動とその局所性の研究を進めた。全般的に研究を行っているが、得られた成果のうち特筆すべきものとしては、日本語にwh句を伴う焦点化がある事実を示したことがある。Rizzi(1997)は、イタリア語において、主題、焦点、文のフォースなどが文構造上明確に表されることを示した。Saito(2012)では、表層的な語彙の表れ方は大きく異なるものの、日本語の文構造がイタリア語とほぼ同一であることを論証したが、唯一の例外は、日本語においては、焦点の表示が明確ではないことであった。一方で、日本語のwh句については、計量の小辞と共に解釈されることが知られている。 A. 誰が書いた本も、面白かった. B. 誰がそこにいたか、教えてください. wh句は、Aでは全称量化詞、Bでは疑問詞として解釈される。しかし、これにも、Cのような例外がある。 C. 太郎は、友達が訪ねて来ると言ったが、誰が来るとは言わなかった. 本年度行った研究では、Cのwh句が焦点として解釈される証拠を提示し、さらに、日本語の文構造が焦点の表示においても、イタリア語と同一であることを示した。この結論は、Luigi Rizzi氏が提案する文構造が普遍的であることを示唆する。この研究は、"Wh-Phrases as Genuine Focus Operators"と題する論文にまとめており、修正を加えた後に、Rizzi氏のジュネーヴ大学退職記念論文集(オックスフォード大学出版会)に発表する。 また、フェイズ理論の研究と並行して、密接に関連するラベル付け理論についても研究を進めた。特に、Chomsky(2015)の弱主要部仮説を発展させることにより、名詞修飾節の多様性、広範な遊離数量詞などの日本語の類型的特徴に説明を与えた。この成果は、「弱主要部と言語類型論-日本語の文法的特質をめぐって-」と題する論文として、本年度公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度に予定していた研究課題では、文法格与値の局所性に関する研究は行うことができなかった。また、島の制約に関するZeljko Boskovic氏との共同研究も、渡米することができず、来年度以降に延期することとなった。しかし、全体として、研究は順調に進んでいる。日本語においてwh句が焦点として解釈されるとする分析は、2012年以降遂行してきた日本語文周縁部の構造に関する研究を完成させるものであり、言語の普遍性を支持する証拠を提示するものでもある。また、本プロジェクトで追求してきた日本語wh句の非顕在的移動分析とも合致し、英語や中国語との対比において日本語の特徴を明確に示す。 ラベル付けに関する論文も、2016年以降追求してきた日本語の文法的特徴に説明を与える研究の延長線上にある。日本語の文法格と述部屈折を弱主要部として分析することにより、自由語順などの日本語の特徴に説明を与えうるとする成果は、すでに公刊している。今年度は、この仮説の修飾句や修飾節の分布に対する帰結を検討した。例えば、日本語では、文による名詞修飾が多様であると言われている。Aは文法的に適格であるが、Bは許容されない。 A. 誰かがドアを閉める音 B.*the sound that someone closes the door 述部屈折の弱主要部分析は、Aの修飾節が連体屈折を伴うが故に許容されることを予測する。また、英語においても、弱主要部である前置詞ofを伴うCにも説明を与える。 C. the sound of someone closing the door 近年、言語類型論において、AとBの対比に基づいて、日本語タイプと英語タイプの言語を分類する研究が行われている。本研究は、どのような名詞修飾が可能であるかは、言語によって決定されているわけではなく、普遍的な文法のメカニズムによって説明されることを示す。
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今後の研究の推進方策 |
(1) NP移動によって目的語が取り出された動詞句の前置に関する研究 (2019年度より継続) を完成させ、論文としてまとめる。論文執筆を依頼されている韓国生成文法学会機関誌 Studies in Generative Grammar に公表する予定にしている。 (2) コロナの状況が許せば、wh演算子移動の局所性に関するZeljko Boskovic氏との共同研究を開始する。フェイズと転送領域の定義のみならず、名詞句や修飾句の構造などに関する多くの未解決の問題を追求する必要があり、共同研究は数年を要するものとなる。 (3) 日本語wh句の焦点解釈に関する論文"Wh-Phrases as Genuine Focus Operators"に修正を加え、出版用の最終原稿を完成させる。 (4) 日本語連体修飾節の分析を、副詞句、形容詞句などに一般化して、修飾句全般についてラベル付けに基づく分析を提示する。この研究においては、ラトガース大学Mark Baker氏による形容詞の分析が重要となるため、氏と意見交換、さらには必要に応じて共同研究を行う計画である。 (5) 2021年度も、国内外での研究成果の発表、そして特に海外の研究者との交流・意見交換を積極的に行う。また、プロジェクトの成果全般を反映した比較統語論に関する論文、著書の執筆にとりかかる。
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次年度使用額が生じた理由 |
コネティカット大学Zeljko Boskovic教授、Ian Roberts客員教授との共同研究を行うために外国旅費の支出を予定していたが、コロナ禍のため、これを来年度以降に延期せざるを得なかった。また、インド、アメリカ (GLOW in Asia、スクランブリング ワークショップ) での研究発表も予定していたが、これについては、学会・ワークショップ開催が延期された。来年度以降に共同研究、研究成果の公表を計画しており、今年度使用しなかった外国旅費が必要となる。
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