研究課題
本年度の前半は、古サルデーニャ語の使役文の分析を中心におこなった。そして古サルデーニャ語の使役文は独立した 2 つの独立した節からなる (biclausal) 構造であると主張した。その根拠として、以下の 3 点を挙げた:(1) 不定詞が義務的に前置詞をともなうこと、(2) 不定詞におけるクリティックの使役動詞への上昇 (clitic climbing) が生じないこと、(3) 不定詞の主語の前に現れる前置詞 a は differential object marking と解釈できること。また、古サルデーニャ語の使役動詞にはラテン語 ponere に由来する動詞を用いる点でロマンス諸語の中でも特徴的である。この研究成果は、2019 年 7 月にコペンハーゲンで開催された第 29 回国際ロマンス語学会で発表した。本年度の後半は、古サルデーニャ語の存在文の成立過程についての研究を推進した。先行研究において存在文は、所有文および所在文における構造の再解釈、および場所を指示する代名詞クリティックが、「存在」を表すクリティック (proform) に文法化したことが要因であるとされてきた。しかしながら、このような変化を裏付ける通時的な根拠は示されていなかった。そこで本研究では、古サルデーニャ語において、proform が所有文、所在文にも観察されることを示し、proform の文法化が存在文の成立に関与しているという先行研究の見解の妥当性を示した。この研究成果は 2020 年 5 月におこなわれた第 58 回日本ロマンス語学会で発表した(発表資料のみ提出)。
3: やや遅れている
当初の計画では本年度は、現地調査によってサルデーニャ語ログドーロ方言の存在文および使役文のデータを収集する予定であった。しかし、新型コロナウィルスの影響で調査を中止せざるをえなくなった。そのため、現代サルデーニャ語における存在文、使役文の観察および分析がおこなえておらず、古語から現代語への変化、つまり通時的な観点からの研究が実施できていない状況である。ただし、現代サルデーニャ語の分析がおこなえなかった一方で、古サルデーニャ語の存在文の分析に一定の時間を割くことができた。今後もしばらくは、古文献を資料とした古サルデーニャ語の分析が続くと予想される。以上のことから、「やや遅れている」と判断した。
当面は、本年度おこなった使役文と存在文の分析を継続して実施する予定である。使役文については、不定詞の主語が、本来予想される対格ではなく、与格のクリティックとして使役動詞に付加される事例についてさらなる考察を進めたい。存在文については、ほかのロマンス諸語における、存在文と所有文、存在文と所在文の構造的類似についての考察を進める。また、所有文と所在文の類似点と相違点については、とくに情報構造の観点からの分析が不十分であるので、この点の考察を進めたい。コロナウィルスが収束し、安全にイタリアに渡航できるようになれば、本年度実施できなかった調査をおこなう予定である。渡航が難しいようであれば、古サルデーニャ語における過去分詞の一致と助動詞の選択の相関、Differential object marking と部分冠詞の相関についてのデータの収集をおこないたい。
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すべて 雑誌論文 (2件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件) 備考 (1件)
Eva Lavric, Christine Konecny, Carmen Konzett-Firth, Wolfgang Pockl, Monika Messner und Eduardo Jacinto Garcia (eds.) Comparatio delectat III, Peter Lang
巻: ー ページ: 153 - 162
Adam Alvah Catt, Ronald I. Kim, and Brent Vine (eds.) QAZZU warrai, Anatolian and Indo-European Studies in Honor of Kazuhiko Yoshida, Beech Stave Press
巻: ー ページ: 140 - 151
http://sjsrom.ec-net.jp/2020_kanazawa.pdf