研究課題/領域番号 |
19K00573
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
早稲田 みか 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (30219448)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ハンガリー語 / 動詞接頭辞 / 文法化 / 一方向性仮説 / モダリティ |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、(1) 完了アスペクトを付与する機能的要素へと文法化したとされているハンガリー語動詞接頭辞 meg には、「ようやく~する」「なんとか~する」といった話者の達成感、話者の事態にたいする感情や評価が伴うという仮説を検証し、(2) 完了アスペクト付与からモダリティ的意味あるいは語用論的意味が派生しているといえるか否かを考察し、(3) それが内容語から機能語へという文法化の「一方向性仮説」に対する反証になりうる可能性について検討することである。 具体的には以下の三つの問いが設定されている。 1) 接頭辞なしと接頭辞つき動詞で、モダリティ的意味において差異があるか否か、完了アスペクトからモダリティ的意味あるいは語用論的意味が派生することは可能か。 2) 完了アスペクト標識としての動詞接頭辞 meg がモダリティ的意味をもつに至るプロセスは、内容語から機能語へと変化する文法化の「一方向性仮説」に対する反証になりうるか。 3) このような意味変化の背景にあるメカニズムは何か、どのような動機づけがあるのか。 初年度にあたる今年度は、まず文法化およびその一方向性仮説についての文献を収集し、さまざまな言語において、どのような事例があり、どのような議論がなされており、どのような問題点があるかを確認した。また、具体的な作業として、動詞 maszik「登る」に、完了を表す接頭辞 meg が接続した megmaszik、および「上へ」という方向を表す接頭辞 fel が接続した felmaszik の用例を、ハンガリー科学アカデミー言語学研究所のコーパスや、グーグル検索、小説などを使って収集し、両者の意味の差異について調査、分析、考察を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
文献収集および文献研究の結果、以下のことを確認できた。言語変化に見られる現象として、語彙範疇に属する内容語がその意味内容を喪失したり(意味の漂白化)、従来とは異なる文脈で使用されるようになったり(用法の拡張)、形態統語的特徴を失ったり(脱語彙範疇化)、音声が変化したり(音声的弱化) することがある。こうした「文法化」には、一定の規則性があるとする「一方向性仮説」が指摘されており、これは言語一般に普遍的に見られる現象であるといわれている。さらに、機能範疇には階層があり、それは言語普遍的であることも指摘されている。 たとえば、英語の do は、かつては態を表す他動詞であったが、相(進行あるいは結果)を表す動詞へと変化していき、さらにモダリティ的意味(断定あるいは可能・評価) を表す助動詞へと発達していったとされている。こうした歴史的変化の過程における順序は、機能範疇の階層性にもとづいていると主張されており、モダリティについては、評価のモダリティが認識的モダリティおよび義務的モダリティよりも上位に位置づけられている。本研究の対象は完了アスペクト標識としての動詞接頭辞 meg の文法化である。完了アスペクトが機能範疇の階層性において、どこに位置づけられるのか、さらに考察する必要性が出てきており、研究に発展がみられた。 分析のために、動詞 megmaszik「登る」に、完了を表す接頭辞 meg が接続した megmaszik、および「上へ」という方向を表す接頭辞 fel が接続した felmaszik の用例を収集し、意味用法の差異について、ハンガリー語の研究者およびハンガリー語母語話者少人数に聞きとり調査を行った。意味用法の差異について明確な説明はまだ得られていないが、差異があることは確認できた。
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今後の研究の推進方策 |
完了アスペクトからモダリティ的意味あるいは語用論的意味が派生することは可能か否かを検討するために、さらなるデータの収集を行う。megmaszik「登る」にくわえて、「始まる」「出発する」「買う」「見つかる」のように、動詞自体が完了的な意味をもつ到達動詞をいくつか選び、接頭辞 meg がついていない場合と、ついている場合の用例を収集する。前後関係がわかるように、ストーリー性のある小説を使用する。接頭辞なしと接頭辞つき動詞について、「ようやく」「ついに」「やっと」「なんとか」といった副詞との共起性の頻度を、文学作品やハンガリー科学アカデミー言語学研究所のコーパスを使用して調査し、共起の頻度に有意な差異があるか否かを明らかにする。 調査結果を精査し、完了アスペクトからモダリティ的意味あるいは語用論的意味が派生しているといえるか否かを考察する。英語や日本語の事例も視野にいれて比較検討する。日本語については「てしまう」の用法について、その意味と機能を考察し、ハンガリー語との類似性がないかを検討する。また、一方向性仮説に対する異論(「脱文法化」)について、本研究の観点からみて、その妥当性について考察する。また機能範疇の階層性において、アスペクトとモダリティがどのような関係にあるのかについてさらなる文献調査を行う。 例文の意味解釈の妥当性について、ハンガリー語母語話者に判断を依頼する。研究の方法や方向性について、ハンガリー科学アカデミー言語学研究所やブダペストのエトヴェシュ・ロラーンド大学のハンガリー語研究者に、同意を得たうえで、意見やアドバイスを求める。
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