本研究は日本語の歴史研究の中でも、特に格システムの変化に焦点を当て2つの観点から研究を進めた。 1)コーパスを使用した実証研究:通言語的に格システムの変化はヴォイスの史的交代がトリガーになる。対格型言語では受動態から能格型他動詞への再分析により格システムが変化する。非対格型言語では反受動態から対格型他動詞へと変化すると言われている。上代日本語(8世紀頃)は、言語類型論的に活格型とよばれる格システムをもつ。本研究では平安時代以降の主格・対格型への変化の過程でヴォイスとの関係を明らかにするために、日本語歴史コーパス(国立国語研究所)Oxford-NINJAL Corpus of Old Japanese (国立国語研究所、オクスフォード大学)から大規模なデータをとり、格システムがどのように変化するかの実証研究の検証を行った。
2)言語類型論的研究:日本語では「心理使役動詞」(Alexiadou &Iordachioaia (2014) 参照)と呼ばれる動詞群が存在する。このタイプの構文を持つ言語では心理動詞に反使役・使役を表す語尾が動詞に接辞する。一般に主語が経験主の場合は反使役(自動詞)に対応し、目的語が経験主の時は使役(他動詞)に対応する。Alexiadou &Iordachioaia (2014)らによる心理使役交替の研究は共時的議論が中心であるが、通時的は議論はまだ少ない。日本語は心理使役交替をもつ言語であり、室町時代以降に出現したいわゆる「非典型格標示構文」は心理使役動詞の通時的交替がトリガーとなり出現したことを提案した。
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