本研究は、日本語を母語とする幼児が、音形に表れない要素をどのように理解するかを、実験の実施を通して調査し、言語獲得理論と生得的言語知識を司る言語機能のモデル構築に貢献することを目的とする。 本年度は、昨年度行った幼児による付加詞を含むVerb-Echo Answer文(VEA文)の解釈に関する実験研究内容を論文として発表した。また、その実験において問題となる可能性のある点についての新たな実験を行った。論文では、たとえば「誰か」という不定代名詞の主語と「静かに」のような付加詞を含む「誰かが本を静かに読んでいるの 」のような問いに対する、「読んでいないよ」のようなVEA文を、幼児が正しく「誰も本を静かに読んでいない」と解釈をできることを報告した。4~5歳児に対して行った新たな実験においては、動物3匹全員が本を大笑いしながら読んでいる状況を示す絵を、「誰かが本を静かに読んでいるの」「読んでいないよ」という対話とともに参加児に提示したところ、対話のVEA文が状況を適切に表していると正しく判断できた。この結果は、初年度から昨年度までに明らかにしてきた、4~5歳児がVEA文を大人と同様に解釈できるという点をさらに裏付けるものとなっている。また、VEA文の空項は、動詞がVからCへ語順変化を伴わずに主要部移動した後、主語を含むTPが省略されたことにより生じるとする統語分析をさらに支持し、語順の変化を伴わない主要部移動やTP省略が生得的言語知識の一部である可能性を高めている。 研究期間全体では、幼児のVEA文の解釈に加えて、複合名詞の一部の削除不可能性の獲得状況も実験を実施することによって調査した。5才頃までには、複合名詞が語であることを理解し、「語の一部を削除することはできない」という普遍的制約がすでに備わっていることを示唆する結果を得た。
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